研究課題
本研究では、電子回折を用いて物質表面上の水素の原子配置を実験的に決定することを目的としている。本年度は、反射高速電子回折(RHEED)を用いて、水素の原子位置を高精度に決定するための最適な実験条件の探査および、その結果を踏まえたRHEED装置の高度化を実施した。始めに、水素の原子位置の高精度決定において最適な実験条件を探査するため、様々な入射条件でのRHEED強度のシミュレーションを実施した。シミュレーションは、動力学的回折理論に基づいて正確に行った。Si(001)理想表面を仮想的な試料として用いた場合、極めて低い視射角(0.5°以下)入射において水素原子の有無による有意な強度変化を見出した。他の表面においても同様にしてシミュレーションを実施したところ、共通して極低視射角入射での回折強度に有意な変化を観測した。この傾向は入射電子ビームの方位角にはほとんど依存しないこともわかった。これにより、物質表面上の水素の原子位置を高精度に決定するための指針を得た。続いて、これらのシミュレーションの結果を踏まえて、RHEED装置の高度化を進めた。極低視射角入射でのRHEED強度を正確に測定するため、回折パターンを拡大して観測するための電子レンズシステムを開発した。本システムは、電子顕微鏡の光学系を参考にして設計し、3段の電子レンズから構成される。これにより、通常のRHEED装置に比べ20倍以上に拡大したRHEEDパターンの観測を可能にした。
2: おおむね順調に進展している
当初の計画通り、本年度はシミュレーションによる最適な実験条件を探査し、その結果を踏まえた電子レンズの製作を完了した。
今後は、開発した電子レンズシステムの動作試験および水素吸着表面における高精度原子配置決定を実施する。電子レンズの動作試験においては、専用に製作した超高真空チャンバーに開発した電子レンズシステムを導入する。また、電子レンズシステムの光軸に合わせて、既存のマニピュレーターの試料ホルダー周りを改造する。その後、標準試料であるSi(111)-7×7表面を用い、低視射角領域におけるロッキング曲線を測定する。電子レンズを導入しない通常のRHEEDの測定結果と比較しながら、低視射角領域における強度分布を高分解能で測定できるように電子レンズの各パラメーターを調整する。水素吸着表面における高精度原子配置決定では、Si(001)表面上の水素原子の位置決定から実験をスタートさせる。始めに、水素吸着前のSi(001)-2×1清浄表面からの低視射角入射における高分解能ロッキング曲線を測定する。文献値を参考にして、動力学的回折理論に基づいて表面Si原子の原子配置を高精度に決定する。その後、Si(001)-2×1清浄表面上に水素原子を飽和吸着させ、同様にして極低視射角領域における高分解能ロッキング曲線の測定と強度解析を実施する。理論計算との比較から開発した電子レンズシステムの調整および解析結果の妥当性を議論する。最後に、新規2次元材料であるシリセンまたはゲルマネンに水素吸着を行い、新規材料表面上の水素の原子配置を実験的に解明する。
計画通りに予算を執行したが価格変動によりわずかな差額が生じた。次年度使用額は少額であり、随時使用する水素ガスの購入費に補填する。
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Carbon
巻: 157 ページ: 857~862
10.1016/j.carbon.2019.10.070
陽電子科学
巻: 13 ページ: 3~10