研究課題/領域番号 |
19K22137
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研究機関 | 北海道大学 |
研究代表者 |
村上 尚史 北海道大学, 工学研究院, 講師 (80450188)
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研究期間 (年度) |
2019-06-28 – 2022-03-31
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キーワード | 波面センシング / 補償光学 |
研究実績の概要 |
本研究の目的は、光渦(らせん状の波面をもつ光)を利用することにより、これまでにない精度の光波面センシング(光波面の揺らぎを計測する手法)を実現することである。本研究では、「光渦コロナグラフ」という天文観測技術を応用した波面センシング法を提案し、λ/10000(λは光の波長)という極限精度の実現を目指す。 光波面の揺らぎを計測することは、その光波が伝搬してきた屈折率揺らぎや、反射面の形状を測定することである。これまでに、多くの波面センシング技術が提案され、多くの分野で活用されている。提案する新たな技術により、極限精度での波面揺らぎ計測が実現されれば、光学計測、天文学、医療診断、生物学など多岐にわたる分野で大きなインパクトを与えられると期待している。 提案する技術の根幹の部分である光渦コロナグラフは、太陽系外惑星(太陽以外の恒星を公転する惑星)を探査するための天文観測技術であり、日進月歩の発展を遂げている。光渦コロナグラフとは、望遠鏡の焦点面(天体の像が結像する面)に渦位相マスクと呼ばれる光学素子を設置し、天体光波を光渦に変換することで、明るい恒星からの光を強力に除去する手法である。これにより、その近傍の微弱な惑星を探査することが可能となる。本研究では、この技術を汎用の波面センサに応用することで、センシング精度の飛躍的な向上を目指す。 2019年度の成果としては、提案する波面センシング法の計算機シミュレーションを実施し、提案する手法において得られた観測データから、被測定波面の形状を復元するための計算コードの開発を行った。また、提案する波面センサの室内試験機の構築に着手し、簡単な動作確認を実施した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
提案する波面センシング技術は、2重回折結像系をベースとする。天文観測のための光渦コロナグラフの焦点面にあたるのが、本装置のフーリエ面となる。出力面において電場を測定し、この測定データを解析することで、入力光波面のわずかな揺らぎを測定することができる。結果として、光波面センシング精度の向上に繋がると期待できる。 2019年度はまず、計算機シミュレーションによる波面復元ソフトウェアの作成、および基礎特性評価を行った。波面復元法の検討では、高速フーリエ変換をベースにした計算コードを作成し、疑似的に発生させた光波面揺らぎを正しく測定できることを確かめた。また基礎特性評価では、作成した復元コードを用い、単一ゼルニケモードをもつ波面を入力し、それぞれのモードが正しく復元できるかを調査した。渦位相マスクとして、数種類のトポロジカルチャージ(光渦において、一周で位相が2πの何倍変化するかを表すパラメータ)を試行した。また、コロナグラフで用いられる異なる設計のマスク(4分割位相マスクおよび8分割位相マスク)についても調査を行った。その結果、波面センサとしてもっとも適する光学設計解の知見を得ることができた。さらに、提案する波面センサのテストベッドを構築し、原理実証実験にも着手した。装置に入力する光波面を液晶光変調器(SLM)で制御し、既知の形状をもつ波面を入力した。このようにして得られた出力像を、計算機シミュレーションにより発生させた像と比較した。現在までのところ、SLM自体の揺らぎが大きすぎるため、定量的な評価には至っていない。波面センサとしての定量的な性能評価に向けた今後の方策については、現在検討中である。
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今後の研究の推進方策 |
上述の通り、提案する波面センサの室内実証試験に着手したが、SLM自体の揺らぎが大きく、定量的な評価には至っていない。これを解決するため、まずはSLMのフラット出しを行う必要がある。その後、SLMをフラットの状態から形状をわずかに変化させる。出力面での電場の変化を観測し、観測データの解析により変化分を正しく測定できるかを確認する。このようなアプローチにより原理実証に成功した後は、波面センシング精度の向上を目指す。そのため、高精度な渦位相マスクの製造や波面復元コードの見直し、実証実験系の見直しなどを行う予定である。 極限精度の波面センシングを実現するためには、装置内部の光学素子の揺らぎの影響をいかに低減させるかが重要である。この課題を解決するため、太陽外惑星探査におけるダークホール技術の応用を考えている。太陽系外惑星探査において、観測装置内部の光学素子に起因する波面誤差により、除去されない恒星光がスペックル状のノイズとして残ってしまう。ダークホール技術とは、可変形鏡などを用いた光波面補正により、この残留スペックルを強力に低減する手法である。地球に似た太陽系外惑星を探査し、生命の証拠を発見するためには、恒星光を10桁オーダ―にまで強力に除去しなければならない。そのため、光波面補正に要求される精度はλ/10000と言われており、極めてチャレンジングな課題となっている。ダークホール技術では、焦点面において惑星が存在すると期待される領域のみに対して、スペックルが低減するべく集中的に補正を行う。ダークホール技術を提案する波面センサに適用することで、限られた空間周波数領域において極限精度のセンシングが実現できると期待している。2020年度には、提案する波面センサにダークホール技術を応用するための検討にも着手する。
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次年度使用額が生じた理由 |
次年度使用額は259円であり、ほぼ計画通りに執行した。次年度使用額は、令和2年度の助成金と合わせて、提案する波面センシング技術の室内実証試験のための光学部品などを購入する計画である。
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