研究課題/領域番号 |
19K22141
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研究機関 | 東京工業大学 |
研究代表者 |
中村 一隆 東京工業大学, 科学技術創成研究院, 准教授 (20302979)
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研究期間 (年度) |
2019-06-28 – 2021-03-31
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キーワード | 量子経路干渉 / コヒーレントフォノン / フェムト秒 |
研究実績の概要 |
本研究では、「フェムト秒光パルスペアを用いて、物質の光励起過程に存在する複数の量子力学的な遷移経路の干渉の様子を計測する、超高速量子経路干渉計を開発し、その実用性を実証する」ことを目的としている。マイケルソン型干渉計を用いて中心波長800 nmのフェムト秒光パルスに対して約2%の精度で光振動電場の位相を制御したパルスペアを作り、その時間遅延間隔を300アト秒で制御した。干渉計の各アームには波長板と偏光子のペアを用いて、各パルスの偏光と光強度を制御できるようにした。光パルスペアの強度や位相関係は1次光学干渉計測および2次の周波数分解自己相関計測により評価した。生成したパルスペアを用いた、ポンプ・プローブ型過渡反射率計測によりGaAs単結晶の光学フォノンのコヒーレント制御を行い、フォノン生成における量子経路干渉を調べた。並行偏光ポンプパルスペア条件では、フォノン振幅強度の変化に電子コヒーレンスによる強い干渉が観測され、電子コヒーレンスの崩壊と復活の現象が見られた。これは量子理論計算から、瞬間的誘導ラマン過程における量子経路干渉の結果であることが示された。これに対して直交偏光ポンプパルスペア条件でのコヒーレント制御実験では、フォノン干渉だけが観測され、電子コヒーレンスによる干渉は観測されないことが分かった。コヒーレントフォノン生成に関する偏光依存性はポンプパルスとプローブパルスで異なり、フォノン励起過程では偏光依存性がなく、検出過程では通常のラマンテンソルに従うことが分かった。 超高速量子経路干渉過程を解析するために、2電子バンドと2フォノン準位で構成されるモデルを用いた量子理論計算を行った。その結果、並行偏光条件で見られる電子コヒーレンスの崩壊と復活の現象を再現できた。また、直交偏光条件での計算も行えるように、偏光依存する電子フォノン相互作用を理論に組み込んだ。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
超高速量子経路干渉計の開発には、実験と理論の両面を達成する必要がある。現在までに、アト秒の精度で相対位相制御したフェムト秒光パルスペアを用いて、物質内の電子・フォノン系の励起を行い、その量子状態経路の干渉効果を反射率の過渡変化としてポンプ・プローブ計測する装置を作成した。特に、各ポンプパルスの偏光と強度を独立に制御できるように改良した。これを用いた実験により、2次非線形光学効果による光励起相互作用の偏光依存成分に関する情報を得られるようになった。改良した実験装置で、GaAs単結晶(n型、p型、ノンドープ)を用いて、コヒーレント制御実験を行い、量子経路干渉の結果として起こる、電子コヒーレンスおよびフォノンコヒーレンスの干渉を測定できている。並行偏光条件では、瞬間的誘導ラマン経路の干渉に特有な電子コヒーレンスの崩壊と復活現象を観測できている。透明領域での超高速量子経路干渉実験を行えるように、過渡透過率計測配置での測定をできるようにした。実際に4H-炭化珪素単結晶を試料として、音響フォノン折り返しモードによるコヒーレント振動が計測できることを確かめている。また、フォノン励起以外への応用として、GaAs/AlAs量子多重井戸を用いて励起子に関するコヒーレント制御の実験にも着手している。 超高速量子経路干渉過程を解析するための理論開発としては、2電子バンドと2フォノン準位で構成されるモデルを用いた量子理論計算に、偏光依存する電子フォノン相互作用を理論に組み込んだ。また、透明領域での離調の大きい場合のコヒーレント光学フォノン生成に関する解析的な解も得ている。以上のように、実験および理論構築の両面から研究の進捗状況は良好である。
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今後の研究の推進方策 |
2019年度に改良した、アト秒の精度で相対位相制御したフェムト秒光パルスペアを用いたポンプ・プローブ型過渡光応答実験装置を用いて、GaAs単結晶を用いた測定を引き続き行う。この際に、直交偏光励起パルスペア条件での測定において、その偏光が結晶軸に対する角度によってどのような効果を起こすのかを調べる。これは、偏光依存する電子フォノン相互作用を組み込んだ理論から、電子干渉が結晶軸への電場角度に依存する可能性が示されたためである。この実験により、構築している超高速量子経路干渉計測理論の検証とさらなる改良を進める。また、高エネルギーイオン照射したGaAs結晶に関しても超高速量子経路干渉計測を行い、照射欠陥が光学フォノンや電子の生成・緩和過程に及ぼす影響を調べる。これは、予備的に行ったイオン照射したGaAs結晶で、欠陥によるフォノン散乱が誘起されるにもかかわらず、光学フォノン寿命が伸びるという特異的な現象が観測されたからである。こうした状況下において、電子コヒーレンスとフォノンコヒーレンスの振る舞いの相違について調べる。 GaAs以外の材料への応用として、4H-炭化珪素単結晶の実験を継続し、その実験結果の再現性を確認と、詳細な理論解析を行う。この実験は光学フォノン生成だけでなく、音響フォノン折り返しモードに関する有効性を確かめる意味も持っている。また、フォノン励起以外への応用として、GaAs/AlAs量子多重井戸を用いて励起子に関するコヒーレント制御の実験も引き続き行う。 超高速量子経路干渉過程を解析するための理論開発としては、偏光依存する電子フォノン相互作用を理論に組み込んだ理論を実際の系に用いて、量子経路干渉の計算を行う。また、励起子生成の系における理論の作成を行う。
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次年度使用額が生じた理由 |
当初計画していた励起パルスペアの偏光制御は、既存の波長板と偏光子を流用使用することで実行できた。当初計画を効率的・効果的に進めた結果、直接経費を節約できたため、次年度の研究推進に使用することにした。理論計算では多くの部分を解析的計算することができたため、既存の計算機の能力内で行うことができた。次年度は、パルス形状や偏光条件などを顕に組み込んだ高精度の計算を行うために、数値計算能力の高い計算機の導入に使用する予定である。また、量子経路干渉法計測により大容量の2次元データの処理が必要となっているので、メモリの増強と解析用のソフトウェアの導入に使用する。次年度は光学フォノン発生の量子経路干渉以外に、励起子状態発生に関しても同様の研究を行う予定であり、低温度での安定した測定が必要となるために、低温クライトスタットの調整および真空ポンプの調整費用に使用する予定である。計測感度を向上させるために、計測系を構成する光学部品として、反射率の高いものや集光距離の異なるものを導入することに使用する。2019年度と2020年度の研究成果を国際会議等で発表するための費用および、論文発表するための、英文校閲や投稿料に使用する計画である。
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