これまで、表面科学の研究は超高真空下での観測が必須であった。しかし、近年では触媒や燃料電池の開発研究において実際の動作条件である大気圧に近い条件(準大気圧)での測定のニーズが急速に高まっている。電子物性や化学反応性に直接かかわるのは、価電子帯や伝導帯などのフェルミ準位付近の電子状態である。価電子帯については大気下での電子収量分光法(PYS)や準大気圧での紫外光電子分光(UPS)を実施した事例はあるが、伝導帯を評価する逆光電子分光(IPES)の事例は皆無である。本研究では、代表者が開発した低エネルギー逆光電子分光(LEIPS)に基づいて、準大気圧から高真空で伝導帯を精密測定する装置を開発する。これによって世界初の準大気圧での伝導帯測定を目指す。 LEIPS装置は、(1)試料に電子を照射する電子源と(2)試料から発生する微弱光の検出機構からなる。2020年度までに低真空で動作する電子源を制作し、1 microAというLEIPS測定に十分な電流をとりだすことができた。2021年度には、電場・軌道追跡計算に基づき、電子線を試料まで導くための電子レンズの設計を行った。一方、光検出器については、凹面鏡とバンドパスフィルター、光電子増倍管から成る光検出器を設計した。2022年度は、真空槽、排気システムを設計・製作を行なった。実際に真空槽の設計したところ、差動排気槽が当初の予定よりも長い300 mmとなり、これに合わせて電子源から試料に電子ビームを運ぶためのトランスファーレンズを再設計している。2022年度中には完成しなかったが、このような全く新しい実験装置の開発には予定以上の時間がかかるのが通例である。現在、2023年度中の完成を目指して最終的な製作段階に入っている。
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