研究課題/領域番号 |
19K22169
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研究機関 | 大阪大学 |
研究代表者 |
中澤 康浩 大阪大学, 理学研究科, 教授 (60222163)
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研究期間 (年度) |
2019-06-28 – 2023-03-31
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キーワード | 熱容量測定 / 赤外線イメージング / 非平衡性 / 分子性化合物 / 熱伝導 |
研究実績の概要 |
分子性化合物の複合成分系化合物の結晶は、溶液から拡散法、電解法などで析出させるため試料のサイズや形状の制御が困難である。分子構造や機能が複雑になると大量合成が難しくなる。従来型の熱測定は、mgオーダー以上の大型結晶、粉末でもある程度の量の均一試料が必要となる。一方、物性研究では、サブmmサイズの単結晶1個を対象に、外場の印加や熱勾配などをつけた条件下での熱力学量の測定が要求される。本研究では、従来型の熱容量測定と赤外線イメージングによる非接触温度計測法のもつ利点を組み合わせ、極微試料の精度の高い熱測定の開発を進めた。 赤外線イメージングを定量的な熱容量、熱伝導、熱起電力の測定に利用するため、これまで真空内チェンバー内でのイメージング計測の空間的、時間的なレゾリューションの評価、断熱型、緩和型の測定セルの作成を進めてきた。令和3年度は、これらのセルをチェンバー内に組み込み、Pt温度計を用いたセンサーの平均温度の計測とイメージングデータの対比と絶対精度の検量を行う手法検討を行った。これらの結果、以下の点が明らかになった。1. イメージング手法による試料セルの様々な場所にける温度分布マッピングの解析が可能である。熱伝導の悪い部位には導電性ペーストを用いることで対応可能である。サファイアの薄板25μmを基板とすることで温度均一度は飛躍的に上昇する。2. 温度分布の平均化を行うとPt素子そのものの測定にほぼ対応する温度変化カーブが得られる。3. 温度計の値とイメージングによる値の間は検量線によって校正が可能である。4. センサー部位の黒体化を行うことで計測の感度は上昇する。 チェンバー内に熱電素子を多層構造にしたユニットをつくり、±20℃程度の温度範囲で温度変化を比較的簡単に実現することができるが、熱浴の長時間での温度の安定性を保つためには更なる検討が必要であることも明らかになった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究では、非接触な温度計測である赤外線イメージング法を使って、分子性物質の微小単結晶の総合的な熱測定開発を行うことを目的としている。極微サイズの結晶を用いた熱的な測定を行うためのダウンサイズ化を行う事を目指す。 令和3年度は、前年度に導入した赤外線イメージングカメラを組み込んだ熱測定用チェンバー装置を用いてた断熱環境下の精密熱測定の中に設置する熱容量測定セルの組み込みと温度コントロール系の作成を進めた。緩和型装置については、小型白金温度計を台座に用いた試料ホルダー、断熱型装置については試料コンテナをチェンバー内に設置した。セルに入る熱リークの軽減のため熱伝導の悪い極細クロメル線(外径12μm)を用い温度計測、ヒーター線の制御に用いた。その結果、温度差0.5 K 約30-120秒程度の緩和時間となる測定セルの作成に成功し、緩和型セルで熱容量計測が可能であることを確認し、チップ温度計の直接観測による温度プロファイルを取ることに成功した。チップセンサーによる計測と同時にイメージングカメラによるセンサー部の温度分布とその時間変化を観測し、カーブの検量を行った。イメージング測定は、試料の表面に大きく依存するため、セルの構成材料の表面状態に大きく依存し、予想外に10mK程度にも及ぶ測定誤差が出ることが判明した。セル部をカーボン微粒子を用いて薄層をつくり黒体化することでこの問題を解決し、センサーの直接測定とほぼ同様の緩和時間になるカーブの取得に成功した。さらにセル台座にサファイア基板を用いることでセルの局所的な温度分布は大きく抑制されることが判った。チェンバー内に熱電素子を多層構造にしたユニットをつくり、±20℃程度の温度範囲で温度変化をさせ、二段階での温度制御により、熱浴の温度の変化を±5mK以内に精密に制御することが可能となった。これらの進展を総合して研究は概ね順調であると判断する。
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今後の研究の推進方策 |
本研究によって分子性化合物の微小量の試料に対して赤外線イメージング測定を相補的に用いることによって熱容量計測を行うための装置とデータの解析方法が明らかになった。令和3年度に行った解析から緩和型の熱容量測定装置の1.5mm×1.0mm程度の試料ステージにおいてもセンサーやヒーターの接続の仕方による熱勾配が発生することが明らかになった。これは、さらに3.5×10-2ccの容量をもつ断熱型の試料ホルダーでもセル内の温度の内部分布は深刻となる。この事は、市販装置などで、熱的な測定が200K以上の高温領域で絶対精度良く検出することが困難であることの原因である事を示唆している。各種セルの表面をカーボンペースト等を用いて黒体化や温度制御を行うセルの基盤部を熱伝導の良い材料である極薄のサファイア板などを用いることでセンサー抵抗による評価と、イメージング計測のデータの差が無くなることを利用して、絶対値測定の向上を図る必要がある。同時に同様のノウハウを生かしながら定常温度差法を用いて、熱伝導度の絶対値の評価を行い測定の信用性と温度変化をさせた場合での熱伝導の温度依存性の測定を行う。イメージング測定の実現にあわせ様々な物質の物性評価のための熱測定を進めるためには、現状の温度領域を広げていく必要がある。現在、室温を中心に、熱電素子を用いたセル部の温度制御では駆動温度領域は±20℃程度が限界である。より広い温度領域での対応を行うためにセルそのものをチェンバー内の真空槽に吊り下げることで断熱環境を実現しより高い温度、低い温度になるための温度制御を行う必要がある。装置の整備にあわせながら、各種 の分子性化合物に対する測定にも順次着手していく。分子性の複合成分からなる電荷移動塩の各種の単結晶や、金属錯体のナノ構造体の単結晶を使って、熱容量 の測定実現と物性研究に進めていく。
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次年度使用額が生じた理由 |
本研究によって分子性化合物の微小量の試料に対して、赤外線イメージング測定を相補的に用いることによって熱容量、熱伝導計測を行うための装置とデータの解析方法が明らかになった。令和3年度に行った解析から緩和型の熱容量測定装置の1.0mm程度の試料ステージにおいてもセンサーやヒーターの接続の仕方による熱勾配が発生することがわかった。また断熱型装置においてもセル内の温度勾配の影響と、輻射の効果の不均一性などによる熱漏れの定量化の問題とその解決策も明らかになった。リード線として用いている極細線を通した熱の流れによる温度勾配については、接続部近傍で顕著な温度分布が生じないことから、現在用いているクロメル線材で十分であることが判明した。今後の方針に示したようにセル内の温度分布を解消するためサファイア等の利用により、実際分子性物質の計測などを進めていく。同時に、本研究手法のメリットをいかし、室温よりも高い温度領域、さらに200K程度までの低温領域での測定が可能になるような工夫を行い、ドナー、アクセプターからなる電荷移動塩、金属錯体、高分子材料の熱的なデータの取得を進める。これらの計画を行うために必要となる温度コントロールに必須な寒剤、各種加工のための費用を繰り越すことを予定している。
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備考 |
研究成果の一部は、大阪大学大学院理学研究科附属熱・エントロピー科学研究センターの年次報告書である阪大化学熱学レポートに報告している。
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