研究課題/領域番号 |
19K22178
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研究機関 | 東北大学 |
研究代表者 |
林 雄二郎 東北大学, 理学研究科, 教授 (00198863)
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研究期間 (年度) |
2019-06-28 – 2021-03-31
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キーワード | キラル合成 / エナンチオスイッチング / 有機触媒 / 不斉合成 / 鏡像異性体 / ドミノ反応 |
研究実績の概要 |
単一の絶対立体配置を有する触媒を用いて、分子の両対掌体をそれぞれ高選択的に合成するエナンチオスイッチングという現象の多くは、有機金属化合物を触媒に用いた反応である。アキラルな添加剤がキラルな金属触媒に配位し、活性部位が変化し、エナンチオ選択性が逆転すると説明される。4つまでの立体中心の反転例は知られているが、5つ以上の立体中心の反転例は知られていない。また、そのような現象が起こりうる反応系を設計する事も、現在の有機化学の知識では困難である。ステロイド誘導体の合成検討中、偶然にも連続する5つの不斉中心のエナンチオスイッチングが起こるという萌芽的知見を見出していた。今回、本反応の最適条件の決定と一般性について検討を行った。 最適条件下での反応は、diphenylprolinol trimethylsilyl ether (Jorgensen-Hayashi 触媒)存在下、ジケトン部位を有するアルデヒドとニトロスチレンを作用させると、ドミノ・マイケル/ヘンリー反応が連続的に進行し、一挙に2環性骨格を有し、5つの連続する不斉炭素を有する化合物が得られるが、アセトニトリルを溶媒として用い、水を30当量添加剤として加えると、2環性化合物が92% eeで得られた。一方、ジオキサン溶媒に対して3当量の水を加えると、5つの連続する不斉炭素が全て逆になった鏡像異性体が89% eeで得られた。ニトロスチレン部位のフェニル基が種々異なるニトロアルケンを用いて反応を検討したが、いずれの場合も絶対立体配置の高度な逆転現象が観測され、本反応が広い一般性を有していることを見出した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
我々の研究室で開発したdiphenylprolinol trimethylsilyl ether (Jorgensen-Hayashi 触媒)存在下にジケトン部位を有するアルデヒドとニトロスチレンを作用させると、ドミノ・マイケル/ヘンリー反応が連続的に進行し、一挙に2環性骨格を有し、5つの連続する不斉炭素を有する化合物が得られる。本申請を行った段階では、それぞれの鏡像体過剰率が50%程度であり、満足のいくものではなかった。そこで、90%程度まで、それぞれの鏡像体過剰率が得られる条件を見出す検討を行った。本反応には、いくつもの反応因子がある。溶媒、添加剤(種類と濃度)、反応温度、濃度、基質の当量比、触媒のモル比である。この中から、両鏡像異性体を高い不斉収率で与える条件を見出す、条件等を行った。当初は6ヶ月程度で最適化できると予期していたが、予想以上にベストな条件を見出すのに時間(10ヶ月)がかかった。しかし、アセトニトリルを溶媒として用い、水を30当量添加剤として加えると、2環性化合物が92% eeで得られ、一方、ジオキサン溶媒に対して3当量の水を加えると、5つの連続する不斉炭素が全て逆になった鏡像異性体が89% eeで得られるという条件を見出すことに成功した。このため、当初の計画に比べ、研究の進捗状況は遅れていると判断した。 当初の計画よりも遅れているものの、本エナンチオスイッチング現象が、ニトロスチレンだけでなく、多くのニトロアルケンでも見られる事を明らかにすることができた。
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今後の研究の推進方策 |
今回見出した反応は、有機触媒diphenylprolinol trimethylsilyl etherを用いたアルデヒドとニトロアルケン間のマイケル反応(アルデヒドと有機触媒が反応して光学活性なエナミンが生じ、ニトロアルケンへの不斉1,4-付加反応)と、それに引き続く分子内でのニトロ化合物とケトン間のヘンリー反応の2段階の素反応からなると考えられる。5つの連続する不斉点が一挙に構築されているが、どの段階で、5つの不斉点が全て逆転するエナンチオスイッチングが起きているかを明らかにするために、反応を段階的に検討する。反応機構解明のために、一段階目、二段階目で反応を止めることができるように、用いる出発原料に修飾を行った化合物を用いて、それぞれの反応の生成物を単離し、さらにその立体配置を決定し、反応機構に関する情報を収集する。具体的には、二段階目の反応が進行しないように、二段階目の分子内ヘンリー反応が進行しない基質を別途合成し、一段階目における反応の情報を収集する。なお、これまでの検討で、溶媒ならびに水の添加効果が大きな役割を担っていることが明らかになっているので、それぞれの反応における、これらの因子の役割を徹底的に解明する。さらに、計算化学者と連携し詳細な反応機構についての知見を得る。本研究においては反応の遷移状態における、溶媒ならびに添加剤の役割に関して、基質-触媒-添加剤の多体系としてのDFT計算を行いその本質に迫る。すでに、共同研究を計算科学者と開始している。最終的には計算と実験の結果より、本反応のエナンチオスイッチングの原理を一般化し、単一キラリティーの有機触媒による、様々な複雑化合物のエナンチオスイッチングな合成手法を確立する。
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次年度使用額が生じた理由 |
研究が予期していたように進行せず、エナンチオスイッチングの条件の最適化に予想以上の時間がかかり、計画していた実験ができなかった。現在反応の最適化が終了したので、今後は計画していた実験を次年度に行う予定である。そこで、繰り越した助成金を次年度で使用する予定である。 また、研究成果を年度末の学会で発表する事を計画していたが、コロナウイルスのため、予定していたシンポジウムが延期になった。次年度に延期されたシンポジウムで研究成果を発表する予定であり、そこで、繰り越したシンポジウム経費を使用する予定である。
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