研究課題/領域番号 |
19K22178
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研究機関 | 東北大学 |
研究代表者 |
林 雄二郎 東北大学, 理学研究科, 教授 (00198863)
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研究期間 (年度) |
2019-06-28 – 2022-03-31
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キーワード | 不斉合成 / エナンチオスイッチング / 有機触媒 / 鏡像異性体 / ドミノ反応 |
研究実績の概要 |
単一の絶対立体配置を有する触媒を用いて、分子の両対掌体をそれぞれ高選択的に合成するエナンチオスイッチングという現象の多くは、有機金属化合物を触媒に用いた反応である。アキラルな添加剤がキラルな金属触媒に配位し、活性部位が変化し、エナンチオ選択性が逆転すると説明される。4つまでの立体中心の反転例は知られているが、5つ以上の立体中心の反転例は知られていない。また、そのような現象が起こりうる反応系を設計する事も、現在の有機化学の知識では困難である。ステロイド誘導体の合成検討中、偶然にも連続する5つの不斉中心のエナンチオスイッチングが起こるという萌芽的知見を見出し、これまでの検討で、置換基を変えてもエナンチオスイッチングが同様に起こり、本反応系が広い一般性を有していることを明らかにしている。本年度は、この反応の反応機構の計算科学による解析を行った。共同研究として、京都大学大学院の東教授に計算を依頼している。反応系内の水の量によって絶対配置が異なるという現象を計算化学的に明らかにすべく、検討を行っている。しかし、溶液中で水がどのようなクラスター(何量体)を形成しているかが不明であり、計算科学的には非常に困難な課題である。一方、エナンチオスイッチング現象が、他の反応系でも進行しないかについて、反応の探索を行った。種々反応探索を行った結果、diphenylprolinol silyl ether触媒を用い、ドミノ・マイケル/アルドール脱水反応で得られた生成物を芳香化する過程で、反応条件により両エナンチオマーが共に非常に高い不斉収率で得られることを見出した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
我々の研究室で開発したdiphenylprolinol trimethylsilyl ether存在下にジケトン部位を有するアルデヒドとニトロスチレンを作用させると、ドミノ・マイケル/ヘンリー反応が連続的に進行し、一挙に2環性骨格を有し、5つの連続する不斉炭素を有する化合物が得られる。アセトニトリルを溶媒として、水を30当量添加すると、92% eeで得られ、一方、ジオキサン溶媒に3当量の水を加えると、5つの連続する不斉炭素が全て逆になった鏡像異性体が89% eeで得られる。本反応は、有機触媒を用いたアルデヒドとニトロアルケン間のマイケル反応と、それに引き続く分子内でのニトロ化合物とケトン間のヘンリー 反応の2段階の素反応からなる。それぞれの反応について、詳細に検討を行った。最初のマイケル反応で、anti/synの異なる異性体が主生成物として得られ、その後異性化を経て、最終的に5つの立体がすべて異なる生成物が得られることを明らかにした。実験化学的な検討に加え、計算化学による検討も行った。水が存在しない時の反応の遷移状態を求め、その後、水分子を1分子ずつ加えて、計算を行っていく検討を、共同研究として行った。現在までのところ、実験結果を説明することに成功していない。 一方、エナンチオスイッチング現象が、他の反応系でも進行しないかについて、反応の探索を行った。diphenylprolinol silyl ether存在下、アルデヒドを分子内に有するニトロアルケンとα,β不飽和アルデヒドとのドミノ・マイケル/アルドール脱水反応で得られた生成物に対して、酸化剤を加え、芳香化反応を行った。用いる酸化試薬を変えることにより、同一の不斉触媒を用いて、逆の軸不斉を有するビアリール化合物の合成に成功した。これは、エナンチオスイッチングによる、ビアリール化合物の新規な不斉合成法である。
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今後の研究の推進方策 |
これまでに検討を続けているドミノ・マイケル/ヘンリー反応による5つの不斉点全てが反転するエナンチオスイッチングの反応に関しては、引き続き計算科学を活用した検討を継続し、エナンチオスイッチングの反応機構解明を行う。 一方、昨年見出したdiphenylprolinol silyl ether触媒を用いる、アルデヒドを分子内に有するニトロアルケンとα,β不飽和アルデヒドとのドミノ・マイケル/アルドール脱水反応、引きつづき酸化剤を作用させることにより、芳香化反応を行い、軸不斉化合物を合成するエナンチオスイッチング反応に関して、以下の検討を行う。反応の最適化を行い、収率と不斉収率の向上を目指す。反応は、(1)ドミノ・マイケル/アルドール脱水反応、(2)酸化、芳香族化の2つからなる。それぞれの反応について、溶媒、濃度、添加剤、温度の検討を行い、最適な反応条件を見出す。その後、反応のワンポット化について検討する。ワンポット反応は、同一容器で複数の反応を連続的に進行させる反応であり、時間の短縮、精製に用いる溶媒の削減、収率の向上が期待できる優れた手法である。この手法の適用を行う。ワンポット反応の最適化後、種々のα,β不飽和アルデヒドを用いて反応を試み、反応の一般性について検討する。得られた化合物の絶対立体配置を、結晶を析出させ、そのX線結晶構造解析により決定する。絶対立体配置の決定後、エナンチオスイッチング現象の反応機構について検討する。(1)の反応で得られた同一化合物からエナンチオスイッチング現象が起こっているので、(2)の酸化、芳香族化が絶対立体配置が逆転した段階である。酸化剤による酸化反応、引きつづく芳香族化のメカニズムを検討する。計算科学等も駆使しながら、生成物の絶対立体配置が逆転する理由を解明する。
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次年度使用額が生じた理由 |
コロナウイルスの蔓延のため、大学への来校が制限される期間があり、また、来校できても、3密を避けるため、実験室の人数制限を行った。できるだけ集中して実験・研究を行ったが、当初の計画通りには実験を遂行することができなかった。従い、次年度使用額が生じた。 次年度は、「今後の研究の推進方策」で記述したように、ドミノ・マイケル/ヘンリー反応に関しては、計算科学を主体に研究を遂行する。また、軸不斉分子のエナンチオスイッチング現象に関しては、反応の最適化、ワンポット化、一般性の検討、絶対立体配置の決定、反応機構の解明を行う予定である。そのための実験で使用する化学薬品、ガラス器具の消耗品、得られた成果の公開のためのシンポジウムでの発表旅費として、使用する予定である。
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