研究課題/領域番号 |
19K22337
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研究機関 | 高知大学 |
研究代表者 |
山口 晴生 高知大学, 教育研究部自然科学系農学部門, 准教授 (10432816)
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研究分担者 |
西脇 永敏 高知工科大学, 環境理工学群, 教授 (30237763)
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研究期間 (年度) |
2019-06-28 – 2023-03-31
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キーワード | リン / 亜リン酸 / 正リン酸 / 海洋微生物 / 細菌 / 培養 / 核磁気共鳴 / 選り好み利用 |
研究実績の概要 |
リンは,全生物の必須元素であることから,海洋生物生産の主たる制御因子となる。現在の海洋科学におけるリンとは,一般的に完全酸化型(V価)の正リン酸化合物のことを指すが,近年,その還元型である亜リン酸化合物(Ⅲ価)が海水より見出されている。この化合物の多くは,有機形態のPhosphonate(ホスホネート)と称されるもので,化学的に強固なC-P結合をとることに特徴がある。そのため,亜リン酸化合物の多くは,細菌などの微生物にほとんど利用されないと考えられていた。しかし近年,亜リン酸化合物を利用可能な海洋細菌が海外より報告された。その中には,海洋に広く分布するメチル亜リン酸を分解し,それに伴い強力な温室効果ガスの一つメタンを生成するものも含まれる。したがって,海洋リン循環の機構,それと密接に連動する生物生産機構の全容,あるいは海洋メタンが関わる地球気候変動を理解する上で,メチル亜リン酸を含めた亜リン酸化合物の変動プロセスを解明することは極めて重要である。とりわけ,亜リン酸化合物の分解・利用に深く関わる微生物群を探索し,それらによる海洋リン循環の新しい駆動メカニズムを明らかにすることは,最重要な課題の一つに位置づけられる。 本研究では,新考案の培養手法・リン分析技術を駆使することで,まず亜リン酸化合物を高効率に分解・利用可能な海洋微生物を探索・分離する。それら分離微生物による亜リン酸化合物の選択的な分解・利用を明らかにし,この機作を組み入れた新しい海洋リン循環機構の提唱を果たす。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本邦沿岸表層水より分離し,純粋培養に成功した細菌株を対象に,多種多様な亜リン酸化合物をそれぞれ単一リン源とする培地にて培養したところ,海洋に広く分布することで知られるPhaeobacter(Alphaproteobacteria系統)培養株が当該化合物を利用できることが判明した。この培養株は,亜リン酸化合物を唯一のリン源として利用でき,従来リン源(正リン酸化合物)を利用して増殖する場合と同程度に増殖可能であった。この細菌はメチル亜リン酸も利用できたことから,沿岸表層でのメタン生成に関与しているかもしれない。これらのことは,化学的強固な亜リン酸化合物が,海洋細菌のリン源としてだけでなく,一部はメタン前駆体として重要な位置づけにあることを示唆している。また,細菌の増殖速度が化合物間で異なることを踏まえると,海水中の亜リン酸化合物の組成によって本細菌の増殖は左右されるのではないかとも推察される。 以上,得られた知見より,亜リン酸化合物の微生物学的利用プロセスは,海洋リン循環機構の全容解明において重要な位置づけにあることが示されつつある。本研究の初年次において,化学的強固な亜リン酸化合物を効率よく利用できる海洋細菌を発見することで,ボトルネックと位置づけていた課題を達成することができた。さらに,予備的な試験段階ではあるものの,先に供試した培養株とは利用能が異なると思われる海洋細菌も分離するに至っている。成果の一部を公表でき,現在,論文として取りまとめている段階にあることから,おおむね当初の計画通りに研究は進捗している。
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今後の研究の推進方策 |
予備的に確立しつつある細菌培養株を対象に,それらの亜リン酸化合物の利用能を精密な培養試験,ならびに統計学的な比較・解析によって明らかにする。具体的には,亜リン酸化合物がリン源となる培地にて細菌株を培養,得られる増殖速度あるいは細胞収量に基づいて,供試細菌の亜リン酸化合物の利用能を評価していく。ここでは,培養細菌の細胞収量を,コンタミリスク無く,かつ迅速・リアルタイムに測定可能なオリジナル手法を導入する。それにくわえて,細菌の増殖機作を統計学的手法で解析することにより,多くの細菌分離株を対象に,亜リン酸化合物の利用能を効率よく比較・定量評価していく。利用能が判明した各細菌の16S rRNAの塩基配列を決定し,それに基づく系統学的位置を精査することで,亜リン酸化合物の変動に関わる海洋細菌群を特定する。 先に亜リン酸化合物の利用能が判明した培養株については,その利用機作についても詳細に調べる。すなわち,新たな核磁気共鳴法により,当該細菌の増殖に伴う亜リン酸化合物の変動を捉える。ここでは,濃度既知でかつ微生物の分解作用を受けないリン化合物を標準物質として用いることで,対象とするリンの変動を定量的に解析できるようにする。そのため要件を満たすリン化合物については,前項の利用能試験で調べることを想定している。候補としては,化学的強固であり水に溶解可能なC-P結合とは別のリン化合物を想定している。
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次年度使用額が生じた理由 |
昨年度の1月以降,コロナウイルスの感染拡大の影響を受けて,実験・解析資材の納入に遅れが生じた。その前後において,効率的な解析のための人的資源の投入,それに必要な謝金を当初は計画していたが,適切な人材の不足により,謝金の使用を見送らざるを得なかった。また,コロナウイルスの感染拡大を抑える観点から,参加を予定していた学会大会が開催されないことになり,それにより旅費の出費が取り消された。これらにより,当初計画していた実験の一部ならびに成果の公表を次年度に実施せざるを得ない状況になり,それに要する使用額を次年度に繰り越すこととした。
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