本研究で開発しようとする新技術には、解析しようとするゲノムDNAが細胞周期のS期に効率良く、かつ2本鎖DNAの両方ではなく新製鎖のみが、BrdUで標識できていることが前提であり重要である。しかし研究開始後にこれを実現することが予想外に困難であることが判明し、結果的にこの点の条件検討に重点的に時間をかけて行なう必要に迫られた。2020年度は前年度の検討結果を踏まえ、ゲノムDNAの標識効率の更なる改善が可能であるかを検討した。完全に偏りのない均一な標識を得るには至らなかったものの、多くの条件を比較した中で最善の(広範囲に渡り可及的に高効率が得られる)標識効率を得る方法を見出すことができた。
またBrdU標識の条件検討と並行して、ヒストン修飾依存的にその位置情報を検出するためのタグ配列をゲノムDNAに組み込む過程の条件検討も行なった。この過程では、ヒストン修飾を認識する一次抗体に依存してTn5トランスポゼースを作用させる。この過程の技術的な出発点とした既存のChIL法は、本来プレートなど固相に付着した細胞サンプルを対象とする技術である。それに対し本研究で対象とした懸濁液中の細胞に対しては、トランスポゼースの作用を安定的に得ることが困難であった。それに対する改善策を模索したが、結果的には当初計画した方法を研究期間内に実現することは叶わなかった。しかし現在では、新製鎖をパルス標識した懸濁細胞サンプルを免疫沈降法と組み合わせることで、ヒストン修飾を姉妹染色分体鑑別的に検出することに成功したSCAR-seqという新たな方法が発表されている。SCAR-seqで用いられるパルス標識に代えて本研究で見出した条件で細胞標識を行ない、その細胞懸濁液をSCAR-seqと同様に免疫沈降法と組み合わせることで、本計画当初の目的を実現できる可能性が高く、その意味で将来に向け有効な成果が得られたと考えている。
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