本研究では、生体膜リン脂質の分布を任意に制御する方法の確立を目的とした。具体的に、ホスファチジルセリン(PS)とホスファチジルエタノールアミン(PE)を特異的に移層するリン脂質フリッパーゼの基質特異性を改変し、任意のリン脂質を移層するフリッパーゼの樹立を目指した。フリッパーゼは、細胞膜のPSとPEを特異的に外層から内層へ移層させることで非対称分布を維持する。10回膜貫通型のタンパク質のP4型ATPaseファミリーに属するATP11AとATP11Cが哺乳類細胞の細胞膜で機能するフリッパーゼである。本研究期間中に、共同研究により、重篤な発達障害や神経障害を示す患者にフリッパーゼの点変異を見出した。この点変異は、フリッパーゼの膜貫通領域のアミノ酸を一残基だけ置換した。この点変異を導入したフリッパーゼを血球系の細胞株に発現させると、PSやPEを内層に移層するとともに、本来基質とならないリン脂質を内層に強く取り込むことを見出した。また最近、共同研究により、ATP11Aに最も相同性の高いATP11Cの結晶構造とCryo-EM(クライオ電子顕微鏡)構造を明らかにした。この構造から、PSがATP11Cの複数の膜貫通領域からなる“溝”を通過することを見出した。これらの知見により、フリッパーゼの基質特異性を変化させるアミノ酸変異を同定することに成功した。
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