研究課題/領域番号 |
19K22417
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研究機関 | 東京工業大学 |
研究代表者 |
川上 厚志 東京工業大学, 生命理工学院, 准教授 (00221896)
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研究期間 (年度) |
2019-06-28 – 2022-03-31
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キーワード | 組織再生 / ゼブラフィッシュ / ヒレ / レチノイン酸 / Cyp26 |
研究実績の概要 |
魚類や両生類など脊椎動物の一群は高い組織再生能を持つ。種による再生能の差異のメカニズムを明らかにすることで,組織恒常性の普遍原理の解明や再生医療などへの展開が期待される。 私達は化合物スクリーニングから,レチノイン酸受容体RARβアゴニストを同定した。レチノイン酸(RA)アゴニストは,短時間の処理で,どの再生ステージでも再生を不可逆的に停止させた。さらに,再生が停止した組織は,傷を与えることで,再び再生を開始した。RAシグナルが,再生の可否を決定するシグナルとして作用することを示唆している。 RAシグナルは,よく研究されてきたシグナルの一つであり,四肢発生に必須である他,再生でのRAシグナルの役割は,骨の過剰な形成などの異常を起こすことなどが報告されている。しかし,再生そのものへの効果は明確ではない。細胞内RA濃度は,RaldhによるRA合成反応とCyp26による分解反応のバランスで決まるが,Cyp26自身はRAシグナルの転写標的遺伝子のひとつであり,ネガティブフィードバックによってRAを分解する。つまり,RA投与実験を行っても, 実際にRAシグナルはON・OFFのどちらになるのか疑問である。 我々はこれまでに,アゴニストがCyp26の発現を長期に誘導し,高いCyp26が維持されている間のみ,再生が不能になることを示した。アゴニストによる組織再生の停止は,フィードバックによるRAシグナルの抑制によると考えられる。本年度の研究では,アゴニストがどの様にして長期にCyp26の発現を上昇させているか明らかにした。アゴニスト投与後の生体内の残存量を経時的に定量した結果,アゴニストは細胞内に積極的に取り込まれ,長期に高濃度に残留することが示された。また,RNAプロファイリングによって,アゴニストによって発現が抑制される遺伝子を同定した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
私達が化合物スクリーニングから同定したレチノイン酸受容体RARβアゴニストは,ゼブラフィッシュの再生を不可逆的に完全停止させ,ほ乳類組織のように再生不能に変化させる。RAの細胞内の濃度は,Raldhによる合成反応とCyp26による分解反応のバランスで決まるが,Cyp26自身はRAシグナルの転写標的遺伝子であり,ネガティブフィードバックによってRAを分解する。従って,RARアゴニスト投与により,RAシグナルはON・OFFのどちらの状態に至るのかは不明であった。 本研究では,第一にCyp26aトランスジェニック(Tg)ゼブラフィッシュを用いたライブイメージングにより,RAシグナルの状態をモニターした。その結果,アゴニストはCyp26の発現を長期に誘導し,高いCyp26が維持されている間のみ,再生が不能になること,Cyp26の低下と共に再生可能に復帰することを示した。 次に第二に,アゴニストがどの様にして長期にCyp26の発現を上昇させているかメカニズムを明らかにした。LCMSなどにより,投与後の生体内のアゴニスト量を経時的に定量した結果,アゴニストは細胞内に積極的に取り込まれ,内在のRA濃度や,同じ濃度のall trans RAを投与した場合と比べて1000倍もの量が長期に残留することが示された。アゴニストの細胞内への輸送と分解抵抗性がCyp26の高発現とRAシグナル抑制のメカニズムであることが示された。 さらに,RNAプロファイリングによって,アゴニストによって発現が抑制される遺伝子を同定したところ,四肢の発生や魚類ヒレの再生時に,伸長する組織の先端や再生芽に発現する遺伝子が影響を受けることがわかった。研究は概ね順調に進行している。
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今後の研究の推進方策 |
本研究の目標は,再生におけるRAシグナル作用を再検証し,そしてさらに,下流で活性化または抑制される遺伝子の探索から,再生の可否決定因子の同定を目指すことである。今後の研究は以下の項目について進める。 (1)RA代謝物による再生停止のレスキュー: これまでの研究で,RARアゴニストは極めて強く長いCyp26発現を誘導し,RAシグナル自身をフィードバック阻害によってシャットダウンしていると予想された。従って,RARアゴニストによっていったん再生が停止した組織も,適切なタイミングと量のRAシグナルを補給することによって,再び再生が始まる可能性が考えられる。そこで,アゴニストで一過的に処理して再生停止したヒレに,様々の条件でRAや代謝中間体を投与して,RAシグナルを強制的にONにさせ再生停止のレスキューを試みる。 (2)RA下流で働く,再生可否決定因子の同定と検証: RAシグナルは核内受容体を経て直接に転写に作用する。RAアゴニストによって制御される遺伝子は,再生の可否,進行を制御するエッセンシャルな分子と予想される。RNAシーケンスにより,このプロセスに関わる遺伝子の探索を行い,幾つかの候補遺伝子を同定しているが,今後,これらの遺伝子をヒートショックプロモーター下で発現させ,アゴニストによる再生阻害をレスキュー可能であるかどうか検証する。さらに,レスキューに成功した場合,同様の手法で,ツメガエルやほ乳類など,四肢が再生できない動物で強制発現させて,再生を誘導できるかどうか試みる。
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次年度使用額が生じた理由 |
初年度~2年度の研究で,RNAシーケンスによる分子基盤の探索を計画していたが,感染症による研究の停止などがあり,2年目に後半でようやく着手した。さらに,予定していた学会,集会への参加旅費も使用できなかった。3年目では,標的遺伝子候補の同定から,強制発現トランスジェニックの作製を大規模に進めるとともに,状況次第では研究成果を積極的に発表,論文の執筆を進める予定である。
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