研究課題/領域番号 |
19K22447
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研究機関 | 総合研究大学院大学 |
研究代表者 |
佐々木 顕 総合研究大学院大学, 先導科学研究科, 教授 (90211937)
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研究期間 (年度) |
2019-06-28 – 2023-03-31
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キーワード | 伝染病の数理モデル / 抗原変異株の出現 / 免疫からのエスケープ / 毒性の進化 / 宿主空間構造の異質性 / 移動分散 / 最適防除政策 / 形質の分岐 |
研究実績の概要 |
病原体の感染と進化に関して、通勤通学ネットワークやメタ個体群構造などの空間構造が果たす役割は大きい。伝染病の流行を抑えるための最適な防除において、どこに対策を集中するべきかという問題に対して、R0中心性のコンセプトを用いて理論的に解析した結果、最大の局所R0を持つ流行拠点地域への対策の効果が、第2位・第3位の高R0地域への対策の効果に比べて桁違いに大きくなることが明らかになっている(Yashima and Sasaki 2016)。これらの結果を今回の新型コロナウイルス流行の解析につなげるために、個人の日常活動を、通勤・通学先、飲食店、居酒屋・パブ、イベント会場等、参加規模や感染率の異なるクラスターのクラスに分解し、どのクラスターへの参加率の制限が、R0減少にどう寄与するかについて予測する理論を構築した。
新型コロナウイルスやインフルエンザウイルスのように宿主免疫からのエスケープを繰り返す病原体では毒性が高い方向に進化することを、適応進化動態と量的形質遺伝学を結合した「多峰分布量的形質遺伝学」(Oligomorphic dynamics)で解析した。研究成果はNature Ecol Evol誌(2022)に掲載された他、NHKニュース日本などで報道された。
さらに、宿主のメタ個体群構造の異質性が、病原体の病原性(毒性)の進化にどのような影響を与えるかという古くから提起されてきた問題に対し、極めて一般的な結論を得た。まず、局所個体群間の宿主移動率に非均一性を導入すると、均一な移動の場合に比べて、病原体の病原性は必ず上昇する方向に進化することが明らかになった。また、与えられた局所個体群間移動率のパターンから定量的に定義される「ソース・シンク構造指標」と進化的に安定な病原性(毒性)が近似的に比例するという一般則が明らかになった
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
病原体の形質と、宿主の免疫の状態はお互いにダイナミックな影響を与え合い、共進化する。その相互作用は敵対的であると同時に、頻度依存的、ゲーム理論的であり、遺伝形質が分岐して複数の病原体系統に分岐したり、宿主の免疫状態の分布が多極分岐したりという、極めて複雑な挙動を示す。このような複雑な進化ダイナミクスを記述する理論はこれまでなかったが、代表者の開発したOligomorphic dynamics(Adaptive dynamicsと量的形質遺伝学という従来、水と油のように捉えられてきたアプローチを融合する理論体系)により、極めて有効な解析が可能になることが、今回の「抗原連続変異と病原性の同時進化」の解析で明らかになった。また、進化を考える上で、重要であるが扱いが難しかった空間的異質性の効果は、代表者の開発した一様空間構造からの摂動系のR0中心性理論を適用することにより、解析的で予測力の高い結果を得ることができることも、今回の「メタ個体群構造の異質性と病原体毒性の進化」の解析で初めて明らかになったものである。これらの理論的なブレークスルーが当初の計画以上の進展を可能にした。
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今後の研究の推進方策 |
これまでに宿主のメタ個体群構造の異質性が、進化的する病原体の毒性(病原性)を必ず上昇させるという、極めて一般的な定性的結果が得られたが、異質性の程度と進化する毒性の上昇分との間の定量的な関係、複数の異質性が複合した場合の進化への影響などを理論的に明らかにする。これは、異質性のあるメタ個体群の構造を、均一なメタ個体群からの摂動として定式化する、ここまでの理論展開を拡張することで可能になると思われる。
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次年度使用額が生じた理由 |
空間異質性と薬剤抵抗性の発達との関係についての理論研究に関して、博士研究員の在宅勤務中心の研究において多少の遅延が生じ、博士研究員による数ヶ月の追加研究が必要となったため。繰越分は博士研究員雇用経費にあてる。
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