研究課題/領域番号 |
19K22465
|
研究機関 | 筑波大学 |
研究代表者 |
桜井 武 筑波大学, 医学医療系, 教授 (60251055)
|
研究期間 (年度) |
2019-06-28 – 2021-03-31
|
キーワード | 冬眠 / 低代謝 / 体温 / 視床下部 / 視索前野 |
研究実績の概要 |
一部の哺乳類は冬季などに飢餓から生き延びるため、基礎代謝を能動的に低下させ、低体温を維持し、エネルギーを節約する生存戦略をとる。この能動的な低代謝・低体温状態は数ヶ月におよぶと冬眠、数時間程度であると休眠と呼ばれる。冬眠・休眠中の動物は非活動状態となり基礎代謝が低下し、さまざまな生命機能は大幅に低活動になるが、何らの障害なく回復する。こうした能動的低代謝の神経科学的メカニズムは全く解明されていなかった。このメカニズムはヒトを含む哺乳類に普遍的に存在する可能性もあり、将来、医療の分野においても応用可能な現象である可能性も高い。応募者らは、視床下部、とくに前腹側周室核周辺に局在する神経ペプチドQRFPを発現する新たな神経細胞群を見出し、これらをQニューロン(Quiescence-inducing neurons)と名付けた。Qニューロンの化学遺伝学的手法による興奮は、冬眠に酷似した劇的かつ長時間にわたる持続的な低体温を誘導することが明らかになった。これらのマウス群は身体を丸める姿勢をとり非活動状態を示した。体温はほぼ環境温度まで低下した。マウスは1-2日低体温状態を続けたのち、なんらの障害なく回復した。この際、冬眠と同様、体温セットポイントの低下を伴っていた。その神経回路網や、低体温、低代謝を誘導するメカニズムを明らかにし、将来的に冬眠状態を医療に応用するための技術を開発する基礎的なデ ータを得ることを目的に研究を遂行した。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
マウスの視索前野の一部に存在するQRFP陽性神経細胞群を興奮させると、マウスの体温・代謝が数日間にわたって著しく低下することを発見した。この神経細胞群をQニューロン(Quiescence-inducing neurons : 休眠誘導神経)と名付け、このQ神経を刺激することにより生じる低代謝をQIH(Q neuron-induced hypometabolism)と名付けた。QIH中のマウスは動き・摂食がほぼなくなり、体温セットポイントが低下していた。行動解析・組織学的解析では、QIHの前後で異常が見られず、きわめて冬眠に似た状態であることを明らかにした。マウスは外気温の変化に対応することが可能であった。さらに、休眠しないラットのQニューロンを興奮させたところ、マウスと同様に長期的かつ可逆的な低代謝が確認された。本研究によって、哺乳類に広く保存されているQニューロンを選択的に刺激することで、冬眠を通常はしない動物に冬眠様状態を誘導できることが明らかとなり、ヒトでも冬眠を誘導できる可能性が示唆された。本研究は、人工冬眠の研究開発を大きく前進させる成果であり、将来の医療応用への重要な一歩となることが期待される。
|
今後の研究の推進方策 |
背内側核に存在し、Qニューロンの活動によって興奮するターゲットニューロンを同定し、その入出力系を同定する。昨年度、Opn4をもちいた光遺伝学によるQニューロンの刺激で、背内側核にFos陽性ニューロンが検出されることが明らかになっている。そこで まず、CatFISH法により、Opn4による光遺伝学的刺激後のFos陽性ニューロンを描出する。また、CANE(Capturing Activated Neuronal Ensembles)法をもちいて、これらのターゲットニューロンをラベルし、順行性および逆行性トレーサーを用いて入出力系を明らかにする。経路が明らかにあったら、それらを経路特異的に操作することにより、その生理作用を明らかにする。一方、Qニューロン刺激による低代謝状態(Q neurons-induced hypometabolism, QIH)前後で、記憶が保持されているかをさまざまな記憶タスクをもちいて検討する。また、Qニューロンの抑制により、体温や代謝の概日リズムが無くなることが明らかになっており、Qニューロンが体温の概日リズム生成に果たす役割を明らかにしていく。具体的には、上記の入出力系の解析にともない、視交叉上核との関連を明確にしていく。また、QIH中、体内時計がどのように挙動してるのか、SCNニューロンのイメージングによって明らかにしてく。
|
次年度使用額が生じた理由 |
本年度は、Qニューロンが視床下部背内側核に働いて長期にわたる冬眠様状態(QIH)を誘導することができることが明らかになった。次年度、そのメカニズム、とくに背内側核においてどのようなニューロンがQIHの誘導に働いているのかを明らかにする必要がある。光遺伝学的にQIHを誘導した際に興奮する背内側核ニューロンをCatFISH法によって同定し、またCANE法によってラベルする。これらのニューロンの入出力系を明らかにして、QIHの作動メカニズムを明らかにする。
|