研究課題/領域番号 |
19K22466
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
竹内 春樹 東京大学, 大学院薬学系研究科(薬学部), 特任准教授 (70548859)
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研究期間 (年度) |
2019-06-28 – 2021-03-31
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キーワード | 遺伝学的ツール / オーキシン誘導デグロン法 / 神経細胞 / 遺伝子発現 |
研究実績の概要 |
近年の生物学は、特定の遺伝子の機能を欠損させる遺伝子改変技術によって目覚ましい進展を遂げた。しかし単純なノックアウト実験では、目的の遺伝子が『いつ、どこで、どのような生命現象に関わるのか』という時空間的な情報を含めた具体的なメカニズムの理解には至らない。組換え酵素Creを用いたコンディショナルノックアウトは特定の領域、すなわち「どこ」という情報に対して極めて有益な情報を提供しているものの、特定のタイミングで目的の遺伝子由来のタンパク質の機能を阻害する、いわゆる「いつ」に関する技術に関しては未だ改善の余地がある。このような状況を鑑み本申請課題では、植物由来のホルモンであるオーキシンを用いたタンパク質高速分解システム(Auxin induced degron (AIDシステム))に着目した。この方法は、標的タンパク質にデグロンと呼ばれる短いタグ(mAID)を付加することによりオーキシン依存的に標的タンパク質を数十分という短い時間スケールで分解することが可能となる。この手法AIDシステムを高等動物の細胞、特に神経細胞へと移植することで、時間解像度の高い遺伝子機能解析を可能とするツールを神経科学の分野に提供することを目指した。我々はまず、蛍光タンパク質GFPを指標に神経細胞において既存のAIDシステムが一部機能することを確認した。さらに改良を加え、より低濃度のオーキシンアナログの添加でより厳密なタンパク質の発現制御が可能な改良版AIDシステムの開発に成功した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
AIDシステムを神経細胞に導入するためには、標的のタンパク質をデグロン(mAID)と呼ばれる短いタグで標識すること、シロイヌナズナ由来のユビキチンリガーゼであるOsTIR1を神経細胞に発現させることの2つが必要となる。まず我々は、ウイルスベクターを用いて海馬由来神経細胞の一次培養系において、蛍光タンパク質(GFP)をデグロン付加した遺伝子とOsTIR1を遺伝子導入し、オーキシン依存的に蛍光強度の減退が生じるかを調べた。その結果、GFPの蛍光強度はオーキシン依存的に60%程度減退することがわかった。しかし既存のAIDシステムは神経細胞においてオーキシン非存在下でも一部のタンパク質の分解を誘導するという問題があることがわかった。そこで、ユビキチンリガーゼ(OsTIR1)に点変異を加え、さらに添加する基質であるオーキシンの構造を変えることで、両者の基質特異性を高めることにより、より低濃度でより厳密なタンパク質分解を誘導可能な改良版AIDシステムの開発に成功した。この改良版AID法を神経細胞の一次培養系及び脳スライス切片に導入したところ、オーキシンアナログ添加から90分で90%以上という高い効率で標的タンパク質であるGFPを分解できることがわかった。また、オーキシンアナログは腹腔内投与によって脳へと輸送されることが分かったため、生体マウスにおいて改良版AIDシステムが機能するかを検証中である。
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今後の研究の推進方策 |
今後明らかにするべきことは、①内在性のタンパク質についても同様に高速ノックダウンが可能であるか、②マウス個体においてどの程度の効率、時間スケールで標的タンパク質のノックダウンが誘導できるかを明らかにすることである。 ①についてはまず神経細胞の一次分散培養系を用いて検証する。具体的には近年報告された簡便にCRISPR-Cas9 systemを神経細胞に導入するORANGEという手法を用いて内在性のタンパク質にデグロン(mAID)を付加する。その後、ユビキチンリガーゼOsTIR1を遺伝子導入し、内在性のタンパク質、特に細胞内局在の異なる複数のタンパク質に着目し、標的タンパク質のノックダウン効率を検証する。 ②については、ウイルスベクターを用いてデグロン標識されたGFPとユビキチンリガーゼOsTIR1を生体マウスの神経細胞に遺伝子導入し、in vivoでのノックダウン効率を検証する。その際、オーキシンアナログの濃度、腹腔内投与からどの程度の時間スケールで分解が誘導されるかが解析のポイントとなる。 AIDシステムが神経系において有用であることを示すためには、ある遺伝子のノックアウトマウスで観察される表現型と同じ表現型をAIDシステムで再現できること、かつその遺伝子の時期特異的なノックダウンによってこれまで見出されなかった表現型を見つけ出すことができなければならない。本申請課題は、ここを最終目的として研究を遂行する。
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