本研究では、高齢化社会の進行に伴い大きな社会問題となっている認知症に注目し、発症の分子機序と新規予防・治療法の開発を実施する。申請者は初年度、細胞死や細胞増殖を容易に観察できる優れたモデル組織として神経疾患やがん研究に広く用いられているハエ視神経細胞に、タウオパチー患者で観察される変異型ヒトタウ(hTauR406W)を発現させた、タウオパチーハエモデルGMR>hTauR406Wを作出した。そしてこのハエが、タウオパチーの典型的な所見である神経細胞の過剰な細胞死と複眼形成不全、そしてそれらに伴うハエ生存率の低下を示すことを同定した。次にこのハエを使用して全キナーゼの遺伝学スクリーニングを実施し、神経細胞死やハエ生存率低下を抑制するキナーゼ遺伝子変異を同定した。これらのキナーゼはタウオパチーを促進すると考えられるため、申請者はこれらをTauopathy-Promoting Kinases (TPKs)と名付けた。 本年度はさらに遺伝学的解析を実施し、TPKsと逆に上記病態を促進するキナーゼ遺伝子変異を発見し、これらをTauopathy-Supressing Kinases (TSKs)と名付けた。TPKsとTSKsの関係性のネットワーク解析を実施したところ、特定のシグナル伝達経路がタウオパチーを促進や抑制に関与することが分かった。このうち、タウオパチーを促進する経路の阻害剤をGMR>hTauR406Wハエに投与したところ、病態の抑制を認めた。以上の結果は、ハエを使用したタウオパチーモデルの作出とそれを使用した遺伝学解析により、タウオパチーの病態に関与するシグナルを同定して新規治療標的を同定し、治療薬候補を探索することが可能であることを示唆している。
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