研究課題
トランス脂肪酸は循環器系疾患、炎症性疾患、認知症等、様々な疾患の危険因子である。我々はトランス脂肪酸特異的な細胞死・炎症・老化の促進作用、その作用点や分子機構を明らかにした。酵素的に体内生成されるのはシス脂肪酸のため、生体内トランス脂肪酸は食物由来の「外来性」のみと考えられてきたが、最近、疾患や加齢に伴う血中トランス脂肪酸濃度の増加等、「内因性」の存在が示唆されている。しかし、実際の産生や産生経路、疾患との関係は全く不明であることから、本研究では、ラマン分光解析によるライブイメージングを用い、トランス脂肪酸の生体内産生機構・動態や分子標的を明らかにし、その“内因性疾患リスク因子”としての病理作用と役割を解明することを目的とした。今年度は、生きた細胞内でのトランス脂肪酸産生が短時間で簡便に検出可能なラマン分光解析によるライブイメージングを用い、内在性トランス脂肪酸の産生機構の解明のため、内在性トランス脂肪酸の産生条件の探索を行い、培養細胞においてその条件を同定した。また、その産生経路の解析として、トランス脂肪酸の産生誘導刺激に用いた細胞株や薬剤の性質・データを基に、産生に寄与する活性分子種やその産生に関わる分子に対して阻害剤処置やノックアウト・過剰発現を用いて、それらの実際の関与を検証を進めている。さらに、内在性トランス脂肪酸の体内動態の解析も行い、その機能について明らかにしたいと考えている。
2: おおむね順調に進展している
今年度は、生きた細胞内でのトランス脂肪酸産生が短時間で簡便に検出可能なラマン分光解析によるライブイメージングを用いた、内在性トランス脂肪酸の産生機構の解明のため、具体的に以下の点について研究を進めた。1) トランス脂肪酸の具体的な産生条件を網羅的に検討するため、強力な新規ツールとして生きた細胞内でのトランス脂肪酸産生が短時間で簡便に検出可能なハイスループット検出系(顕微ラマン分光分析法:トランス型C=C結合の検出系)を利用し、細胞種や刺激条件(特に活性分子種を誘導する炎症やストレス等)の網羅的な検討を行い、内在性トランス脂肪酸の産生機構の産生条件を同定した。2) 生体内で酵素的に産生される不飽和脂肪酸はシス型のみであり、過去の知見から唯一想定可能なトランス脂肪酸産生経路は、活性分子種(活性イオウや活性窒素等のラジカル)を介した異性化反応である。シス脂肪酸が活性分子種と反応すると、2重結合部分が遷移状態を経た後に、エネルギー的により安定なトランス型への異性化するが、生理的および病理的な条件下で、実際に酸化反応(活性分子種生成)でトランス脂肪酸が産生される可能性が示唆された。3) 内在で産生されるトランス脂肪酸について、分子種や量の情報に加え、その存在様式(遊離型またはリン脂質・中性脂質導入型等)や代謝過程について、質量分析装置(GC-MS/MS・LC-MS/MS)による高感度かつ高精度な脂質解析を行い、現在さらにその実験結果の検証を進めている。4) 内在性トランス脂肪酸の産生経路の解析として、トランス脂肪酸の産生誘導刺激に用いた細胞株や薬剤の性質・データを基に、産生に寄与する活性分子種やその産生に関わる分子に対して阻害剤処置やノックアウト・過剰発現を用いるなど幾つかの方法で、それらの実際の関与を検証を進めている。
次年度も引き続き、検出条件などを設定したラマン分光解析によるライブイメージングを利用して、内在性トランス脂肪酸の産生機構の解明を進めたい。内在性トランス脂肪酸の産生条件のデータや、産生経路の解析によって得られた情報を基に、内在性トランス脂肪酸の体内動態やその生理的意義について解明を目指す。特に、内在性トランス脂肪酸の機能については、上記の結果を基にして、解析をさらに進めたいと考えている。まず細胞レベルで、内在性トランス脂肪酸の産生機構の解析の過程で産生が確認されたトランス脂肪酸種を用いて、単独または複数混合で処置した場合の、細胞死・炎症・細胞老化促進作用に対する影響を評価するして、十分性の検討を行う。このような生理作用に対して影響が認められた場合、活性分子種の産生阻害によって抑制可能か否か検討することで、必要性の検討も行いたい。さらに個体レベルでは、内在性トランス脂肪酸の寄与の可能性が考えられる疾患モデルマウスにおいて、各種トランス脂肪酸種を食餌から摂取させた際の病態への影響についても評価し、実際の病巣部の細胞死・炎症・老化について解析することで、十分性の検討を行うと共に、さらに例えば、活性分子種産生を阻害できた場合には、トランス脂肪酸産生の抑制や病態の改善が認められるか否か解析することで、必要性の検討も進めたい。
今年度は、ラマン分光解析でのライブイメージングによって内在性トランス脂肪酸の産生機構を解明するための準備段階として、このような生きた細胞内でのトランス脂肪酸産生が短時間で簡便に検出可能な顕微ラマン分光分析法(トランス型C=C結合の検出系)によるライブイメージングの解析条件の検討、および、用いる細胞種や刺激条件(特に活性分子種を誘導する炎症やストレス等)の検討を行うことが主体であり、ラマン分光解析の専門の他の研究室との共同研究で行うことが多く、また質量分析についても初歩的な実験を専門の他の研究室との共同研究で行った。これらの条件検討の実験成果を基に、次年度、本格的に主眼とする実験を全て行う予定である。以上のような状況が、今年度の使用額が少なく、次年度に繰り越した理由である。
すべて 2020 2019 その他
すべて 雑誌論文 (2件) (うち査読あり 2件、 オープンアクセス 1件) 学会発表 (7件) (うち国際学会 2件、 招待講演 1件) 備考 (1件)
Sci. Rep.
巻: 10 ページ: 2743
10.1038/s41598-020-59636-6
J. Toxicol. Sci.
巻: 45 ページ: 219-226
10.2131/jts.45.219
http://www.pharm.tohoku.ac.jp/~eisei/eisei.HP/