これまでに我々は細胞運命決定における確率性の存在が、ERK核移行におけるアナログ・デジタル変換機構に由来する可能性を見出しており、ERKは細胞質内から核膜に到達し、しばらく滞在したのち核膜孔にたどり着いて核質内へと移行すると予想された。我々は細胞深部の核膜においても1分子計測が可能な顕微鏡を構成することで、実際にERKが核膜孔を通過するまでに核膜上に100ミリ秒程度滞在する様子を観察することに成功した。これに基づきERK核膜孔通過の分子メカニズムを解明することを目的としている。ERKはMEKによりリン酸化される基質であると同時に、核質内タンパクの多くをリン酸化する酵素としても働く。このとき①ERK自身のリン酸化状態と、②基質リン酸化能が核膜孔通過にどのように影響するのかは不明である。前者①の解明のため、ERK表面のアミノ酸に変異を入れ核移行を定量化した。この結果ERKリン酸化部位周辺の疎水性残基や、DNA結合に関与する正電荷部位を変異させたとき核質への移行が阻害された。疎水性残基に電荷を持たせると細胞質への排出が促進された。この結果疎水性残基へと結合対象の相互作用が移行と排出に関わることが示唆された。後者②の解明のため、ERK上流のシグナル伝達経路の簡略化のため、MEKのリン酸化酵素Rafにエストロゲン受容体部位を融合し、人工的なMEKリン酸化系を構築した。これに阻害剤を組み合わせることで、ERKの常時リン酸化状態、MEK阻害剤によるERKのリン酸化阻害状態、ERK阻害剤によるERK基質のリン酸化阻害状態の3種の条件で核移行実験を行った。このとき核移行速度と分子濃度の関係性から、協同性の有無が推定できる。この結果、ERKの協同的な輸送にはERK自身のリン酸化と基質のリン酸化の両方と疎水性相互作用が必須であることが示唆された。
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