本研究の目的は、病原性細菌と非病原性細菌の2つの細菌グループ間の違いを生み出す分子群を構成的に理解することである。本年度は、大腸菌のトランスポゾンライブラリーを用いて、病原性を上昇させる遺伝子変異の探索を行った。 前年度までの研究において、大腸菌のLPSトランスポーターの変異株、およびペリプラズムグルカン合成酵素の欠損株が、細胞壁合成阻害薬であるバンコマイシンに耐性を示し、カイコに対する病原性を上昇させることを見出している。バンコマイシン耐性を示す大腸菌変異株の中に病原性が上昇した株があるのではないかと考え、大腸菌トランスポゾンライブラリー6294株の中から、バンコマイシン耐性株を探索した。その結果、50株がバンコマイシン耐性を示すことを見出した。バンコマイシン耐性を示した株について、カイコに対する病原性を検討したところ、mlaA遺伝子欠損株がカイコに対する高い病原性を示した。mlaA遺伝子産物は外膜から内膜へリン脂質の輸送を行うことで、グラム陰性細菌の外膜の非対称性を導くことが知られている。mlaA欠損株は野生株に比べ、複数種の抗生物質と界面活性剤に感受性を示す一方で、カイコの抗菌ペプチド存在下で野生株よりも優れた増殖能を示した。また、mlaA欠損株は野生株に比べて、菌体外に分泌される膜小胞(OMV)の量が増加していた。これらの表現型は、野生型のmlaA遺伝子を導入することによりキャンセルされた。 以上の結果は、mlaA遺伝子欠損によりリン脂質輸送機能が消失し、外膜にリン脂質が蓄積することで、大腸菌の一部の抗菌物質に対する耐性化とOMVの分泌量増加が起こり、大腸菌のカイコに対する病原性上昇が導かれることを示唆している。
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