研究課題
我々の腸管内に存在している多くの腸内細菌は,宿主細胞と相互作用することで複雑な腸内生態系「腸エコシステム」を形成している.これまでの研究成果により,この腸エコシステムは,宿主の恒常性を維持するのにも重要な役割を担っていることが明らかにされているが,この腸エコシステムを研究するためのin vitro実験系が不足しているため,細菌と宿主細胞間に存在する詳細な分子基盤は未だ不明な点が多く残されている.その理由は,腸内細菌のほとんどは嫌気性細菌であるが,宿主細胞は好気条件でのみ培養ができるという,異なる酸素要求性の問題が存在するからである.そこで本課題は,オルガノイド培養法を応用することで,嫌気性細菌と腸管上皮細胞の共培養システムを開発することを目指すものである当該年度は,腸内細菌-腸管上皮細胞の相互作用実験の簡便化を図るために,上皮細胞の頂端-基底極性や腸管上皮細胞を構成する多様な機能性分化細胞を保持した状態での2次元培養法の開発に取り組んだ.まず我々は,ヒト正常大腸上皮細胞をThinCert細胞培養インサート上で培養することにした.はじめにウェルプレートインサートをコーティングする細胞外基質の最適化をはかったところ,コラーゲンTyp-I,または希釈したマトリゲルを利用した場合に,ヒト大腸上皮細胞が2次元状態で効率よく増殖することが分かった.次に低酸素条件における腸管上皮細胞の培地の適正化を図るために,低酸素条件下で培養したヒト大腸上皮細胞の遺伝子発現変動解析を行った.その結果,低酸素条件下で誘導されるHIF1aやGlut-1遺伝子の発現上昇が観察されると共に,いくつかの細胞生存や増殖に関する遺伝子群の発現変動を確認することができた.
2: おおむね順調に進展している
当該年度のマイルストーンに設定した,新規腸内細菌共培養システム開発における腸管上皮細胞の二次元培養化に関しては,適切な培養容器や細胞外基質を選定することで,マウス大腸のみならず,ヒトの小腸や大腸由来の正常上皮細胞の2次元培養化に成功させた.さらに,低酸素条件下で腸管上皮細胞培養を妨げる因子の理解については,低酸素状態で培養した腸管上皮細胞においては,細胞周期や増殖関連因子が低下することや,解糖系やアポトーシス経路の活性化が起こっていることを明らかにすることができた.これらの因子の変動は,今後の低酸素条件での腸管上皮細胞培養法の培地の適正化に反映される重要な知見となった.以上のように,当初打ち立てていた今年度のマイルストーンの全てを達成し,次年度以降の研究に繋がる成果を得ることができている.また次年度以降の研究準備も問題なく進んでいる状況を踏まえると,本計画研究の進捗状況はおおむね順調に進展していると判断した.
次年度以降は,以下のマイルストーンを設定する.(項目1)嫌気条件でのオルガノイド培地の適正化:これまでの研究により,嫌気条件で培養した腸管上皮細胞上で低下した遺伝子発現をレスキューする低分子化合物スクリーンを行う.また同条件で培養した腸管上皮細胞で上昇した遺伝子発現を抑制する低分子化合物スクリーンも実施する.これらのスクリーンの結果より,低酸素条件での腸管上皮細胞の培養を可能にする培地の開発を試みる.(項目2)実装化-嫌気性腸内細菌と腸管上皮細胞の共培養:項目1の達成に続き,実際に腸管上皮細胞と嫌気性腸内細菌との共培養に挑戦する.嫌気性腸内細菌には,偏性嫌気性(完全嫌気)と通性嫌気性細菌(好気培養に適合可能)が存在するが,本課題研究では前者のタイプの細菌との共培養を目標としている.そこで,異なる門 (Phylum)に属する細菌(Bacteroidetes, Clostridium, Actinobacteria)から選定し,実際に共培養に挑戦する.共培養が成功した場合,それぞれの細菌が持つ宿主上皮細胞への影響を調べるために,共培養後の腸管上皮細胞からRNA回収し,遺伝子発現変動解析についても実施する.
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