研究課題
TGF-βは腸管上皮細胞の分化誘導因子として機能する。したがって、TGF-βは大腸がん発生に対して抑制性に作用し、Tgfbr2受容体やシグナル伝達分子であるSmad4の遺伝子変異は大腸がん細胞の未分化性亢進に関与すると考えられている。一方で、TGF-βは上皮間葉転換(EMT)を誘導ことで大腸がんの悪性化進展を促進する因子として知られる。このようなTGF-βによる「発がん抑制」と「悪性化促進」の異なる作用が、どのようなスイッチ機構により制御されているのか、その分子機構は不明である。本研究は、「TGF-βに対するがん細胞の反応性スイッチが、p53変異型により制御される」可能性を明らかにすることを目的として推進している。我々は、大腸がんのドライバー遺伝子として知られている、Apc(A)、Kras(K)、Tgfbr2(T)、p53(P)、Fbxw7(F)の各遺伝子に異なる組み合わせで変異を導入したマウス腸管腫瘍からオルガノイドを樹立した。本研究では、これらのオルガノイドを使ってTGF-βシグナルによる悪性化抑制・誘導スイッチ機構の解析を実施している。今年度は、p53変異の状況に応じた変化に着目して研究を実施し、以下の結果を得た。すなわち、TGF-β受容体遺伝子を欠損し、高い転移能を獲得したAKTPFオルガノイドを、TGF-βファミリーのアクチビンで刺激すると、顕著な棘突起状構造を形成する事を明らかにした。アクチビンもSmad4に依存したTGF-βと同様のシグナルを細胞内に伝える事が想定される。さらに、遺伝子変異の異なるオルガノイドをアクチビンで刺激した結果、増殖抑制が誘導される細胞と増殖抑制に耐性の細胞群があることを明らかにした。今後、さらにアクチビンによる形態変化とp53遺伝子型との相関について検証を実施する。
2: おおむね順調に進展している
大腸がんのドライバー遺伝子である、Apc(A)、Kras(K)、Tgfbr2(T)、p53(P)、Fbxw7(F)の各遺伝子に異なる組み合わせで変異を導入したマウス腸管腫瘍由来オルガノイドとして、A、AK、AKP、AKTP、AKTPF各種を選択した。A、AKは良性腫瘍を形成し、AKPは粘膜下浸潤するのに対し、AKTPおよびAKTPFでは悪性化が亢進して高い転移能を獲得している。また、AKTP、AKTPFはTGF-β受容体を欠損するため、TGF-β刺激に対して耐性だが、アクチビン受容体を発現し、アクチビン刺激に対してTGF-βと同様のSmad4を介したシグナルが伝達されることを確認した。そこで、これらのオルガノイドにアクチビン刺激を与える実験を実施し、以下の結果を得た。(1)AK細胞でアクチビン受容体遺伝子を欠損させると転移能を獲得し、悪性化が亢進した。一方で、AKTPFにアクチビン刺激を与えると、オルガノイドは棘突起を積極的に形成してコラーゲンゲル内の浸潤性が亢進した。すなわち、アクチビン受容体を介したシグナルも「がん抑制機能」と「EMT促進機能」を有し、がん細胞側因子により制御されると考えられた。(2)良性腫瘍のA細胞はアクチビンにより細胞増殖が顕著に抑制されたのに対して、他の遺伝子型オルガノイドはアクチビンによるがん抑制機能に対して耐性を示した。すなわち、Kras変異がアクチビンによる分化誘導、増殖抑制に対して抵抗性を獲得するのに重要と考えられた。(3)AKPおよびAKTP遺伝子型を基に、p53機能獲得型変異(GOF変異)と野生型p53をヘテロで持つオルガノイド、野生型をLOHで欠損したオルガノイド、およびホモでp53を欠損したオルガノイドを作製した。これを用いた解析を令和2年度に実施する。
令和2年度は、AKPおよびAKTP細胞で、p53遺伝子型が(GOF/野生型)、(GOF/LOH)、および(欠損/欠損)の状況下で、アクチビンの刺激に対するオルガノイド構造変化およびコラーゲンゲル中の浸潤性が誘導されるのか明らかにする。研究に必要なオルガノイドは令和元年度に作製した。また、オルガノイド構造変化が、実際の大腸がん肝転移能の獲得亢進に関与しているのかについて、アクチビンで刺激したオルガノイドの脾臓移植実験を実施して検証する。以上の研究により、p53遺伝子型がTGF-β刺激による反応性の制御に関与するのか明らかにする。上記の研究計画に加えて、アクチビン刺激により細胞にどのような物理学的性質の変化が誘導されて、組織構造変化が起こるのかを明らかにする事が重要と考え、令和2年度はイオン電流走査型顕微鏡(SICM)を使った細胞表面構造解析を実施する。すでに予備的な検討を進めており、この観察手法により、ナノレベルでの細胞表面構造や弾力性などの物性変化をリアルタイムで解析可能である事を確認している。この研究により、ドライバー遺伝子変異やTGF-β刺激によるオルガノイド細胞の物性変化に関する基礎データを得ることで、本研究目的の達成を目指す。
すべて 2019 その他
すべて 雑誌論文 (5件) (うち国際共著 2件、 査読あり 5件、 オープンアクセス 3件) 学会発表 (5件) (うち国際学会 2件、 招待講演 2件) 備考 (1件)
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