研究課題
間質は組織幹細胞の恒常性を維持と適切な増殖や分化に必要である一方、炎症や腫瘍形成時には病態を増悪する要因となる。また、間質細胞と組織幹細胞の空間的位置関係が幹細胞性の維持に重要である。私共は長年Wnt5aシグナルによる細胞機能制御について多くの成果を挙げてきたが、最近Wnt5aが上皮細胞直下の既存のマーカーと一致しない線維芽細胞に限局して発現することを見出した。本研究課題で用いるAOM/DSS誘導性発がんマウスモデルでは、成獣マウスに対して発がん物質であるアゾキシメタン(AOM)投与後、腸炎誘発剤デキストラン硫酸ナトリウム(DSS)を自由飲水させると、4-6週後には大腸腺腫、20週経過後に大腸腺がんへと変化する。2019年度は、AOM/DSSモデルマウスを用いて、20週経過後の腺がんからGp38陽性(血管内皮細胞、上皮細胞、血球細胞陰性)線維芽細胞を取得し、1細胞RNAシーケンスデータを行なったところ、線維芽細胞は6つのサブセットに分かれていることが判明した。これらのサブセットのうちWnt5aに注目すると、Wnt5aはクラスター4に特異的に発現していた。DSS投与中止後4週経つと、大腸組織でのサイトカインのmRNA量は正常状態まで低下したが、IL6 mRNAは14週目で再び増加しめた。興味深いことにWnt5a mRNAも増加し始めた。したがって、AOM/DSS誘導性大腸がんは、一過性炎症応答消退後に、クラスター4の線維芽細胞に誘導されたWnt5aが腫瘍形成に関与する可能性が考えられた。
2: おおむね順調に進展している
炎症性大腸がんモデルの腫瘍周囲の間質組織において、1細胞RNAシーケンス法により、Wnt5aを発現する線維芽細胞が特定の集団を形成するという成果を得たことは意義深い。本手法を用いて、クラスター4に発現する遺伝子を解析することにより、Wnt5a発現線維芽細胞の機能を明らかにできる可能性が高くなった。また、AOM/DSS誘導性発がんモデルを用いた実験から、一過性炎症が消退した後にWnt5aが発現することにより腫瘍形成に関与することが示唆された。これまでWnt5aはがん細胞の運動や浸潤に関与する可能性は示唆されていたが、本結果により初めてWnt5aがin vivoで腫瘍形成に関与することが示された。以上のように研究が進捗し、2020年度に行う計画も下記のように明確になったために、予定通り順調に進展していると判断した。
2020年度は最終年度であるので、複数種存在する線維芽細胞サブセットの空間分布を決定する遺伝子発現パターンを明らかにして、炎症や腫瘍が進行する過程での間質の空間的撹乱(間質リモデリング)が病態形成をいかに修飾するのかを解明する。線維芽細胞に着目し、病態形成に伴う間質リモデリングの経時的・空間的な変化を1細胞RNAシーケンス解析によるインフォマティクス等を用いて複合的に解析する方法論を確立する。
2019年度後半にAOM/DSS発がんマウスモデルにおいて、Wnt5aをノックアウトしたマウスから摘出した縮小腫瘍の周辺線維芽細胞と、野生型マウスから摘出した腫瘍周辺の線維芽細胞の1細胞RNAシーケンスを2回行う予定であった。しかし、線維芽細胞調整の過程で、細胞数が数百個しか採取できていないことが判明し、このまま解析を続行しても十分な結果が得られないと判断した。そこで、改めてマウスを準備して、2020年度に同様の解析を行うこととした。次年度使用する予算は、腫瘍からの線維芽細胞調整のために必要な消耗品費と、1細胞RNAシーケンス解析のために使用する。
すべて 2020 2019 その他
すべて 雑誌論文 (6件) (うち査読あり 6件、 オープンアクセス 3件) 学会発表 (11件) (うち国際学会 1件、 招待講演 2件) 備考 (1件)
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