研究課題
本研究「母体状態・薬剤が胎生期器官の細胞周期に及ぼす影響:子宮内ライブ評価系の構築」は,器官形成期に,ヒト胎児の種々の組織内で進行する細胞周期に対して母体の全身状態の急性変化や薬剤がどのような影響を及ぼしうるかに関して,産婦人科学はもとより,幅広い医学領域にとって有用となる全く新しい知見を得ることをめざしている.初年度,マウスを用いた鋭敏な評価系を開発するべく,まず,名古屋大学において細胞周期インディケータであるFucciマウスを用いた観察から着手し,一定の成果をあげた.次いで,基礎生物学研究所(岡崎市)に出向き,全細胞の核・分裂期細胞の染色体の観察を可能とするH2B-EGFPマウスの現地供与のもと,大学共同利用のために備わる二光子顕微鏡観察の支援を受けた.その結果,名古屋大学から持参した手製デバイス一式を用いて,母マウス麻酔,子宮・胎仔の保持のうえ,大脳皮質原基の外表面(脳膜面)から奥に0.25 mm程度まで良好な視野を得ることができた.そして神経幹細胞が脳室面で分裂する様子を,世界で初めて子宮内ライブ観察することに成功した.また分裂の前後の核・細胞体の移動もとらえることができた.視野揺動,胎仔生存等の問題のため連続観察時間が1時間未満に限られるケースが多かった部分は技術的な限界,今後の課題として示されたが,細胞周期インディケータマウスを用いた名古屋大学における観察の結果とあわせて,ここまでに得られた成果は,Development, Growth & Differentiation誌(62巻,118-128頁,2020年)に発表した.哺乳類の発生研究の分野における挑戦の一歩を確かに示すことができた.
2: おおむね順調に進展している
出生後まで細胞産生がつづく多くの器官と異なり,大脳を初めとする脳領域では,細胞づくりが胎生期に限られる.本来の「制限時間」のうちに確実に充分な細胞を生み出せないと,ニューロンの数的・質的な確保が叶わず,生後の脳機能に悪影響がでる恐れがある.細胞周期は,妊娠初期~中期の妊婦に対する薬剤の選択および開発にとって,慎重に副作用評価が行われるべき対象である.従来は,機能的評価が動物モデルを使って行なわれる場合は(1)当該区域における総細胞数や分裂像,あるいは PCNAやKi67などを発現する細胞の数をカウントする,(2)ブロモデオキシウリジン(BrdU)などチミジンアナログの取り込みにもとづくS期の検出など,いずれも,フォルマリン等による固定処置後に,組織の切片に対する所定の化学的染色を経てなされてきた.じつは,これでは,母体状態の“急変”や薬剤投与“直後”の細胞周期応答を鋭敏に知ることはできない.そのため,こうした従来手法で「陰性」判定された胎生期擾乱が,短時間の中断や遅滞など,軽度な細胞周期異常を引き起こす可能性は,じつは否定できない状況にある.したがって,生後の高次脳機能を担う精緻な回路構築の基盤としての胎生期細胞周期に対して,先端手法を駆使して,高時間分解能の(鋭敏な)評価系を開発する必要がある.本研究は,子宮内のマウス胎仔の脳原基に存在する神経幹細胞の分裂をとらえることを目指し,全細胞の核を可視化できるトランスジェニックマウスを用いて1~2時間程度のライブ観察を達成し,分裂頻度を定量化できた.また,細胞周期インディケータFucciマウスを利用することで,細胞周期進行およびそれに付随する核移動を子宮内観察することもできた.これらはいずれも世界初である.
神経幹細胞によるDNA複製の開始(S期への進入=増殖の決断・意思表示)の頻度や空間分布を定量する. S期完了(G2期の開始=分裂へのゴーサインの一つ)のタイミングも把握する(緑色蛍光の高まりをモニタするとともに,G2に入ると幹細胞が核を脳室方向へ動かし始めることを利用し「緑色の核の動き去り」をとらえるなど,初年度以上に詳細な観察をめざす.次いで,母マウスに対する各種擾乱(酸素,血圧,血糖,体温など全身状況の急変や,薬剤投与)が胎仔内の細胞周期動態にどのような変化(S期開始頻度の低下,すなわち「増殖」でなく「分化」の決断が増えてしまう,あるいは S期進行が遅れるなど)をもたらすか,明らかにする.初年度の予備的な観察で血流障害による虚血すなわち局所低酸素が幹細胞の挙動に影響を与える感触が得られつつあるので,この視点での解析を充実させる.薬剤に対する解析では,以前から胎児毒性や催奇形性が指摘され相対的禁忌とされる薬剤の影響をまず把握し,次いで,別の(比較的安全とみなされてきた)薬剤の影響を調べる.加えて,初年度に,神経幹細胞に対する子宮内観察と平行して行った「脳原基中のミクログリア挙動」についての観察にも一定程度の進捗が見られたので,2年目はこれについても実施を重ね,虚血ほかの負かに対するミクログリア反応をとらえるなどをめざす.そして,神経幹細胞のふるまいに対するミクログリアの関与についても観察する.
初年度はおおむね順調に,ほぼ計画に沿った研究がなされた(論文の発表も果たした)が,二光子顕微鏡が共通機器を使用するために,機器システムの空きの状況によっては待つ必要があった.またトランスジェニックマウスの妊娠状況が想定と異なる(非妊娠または匹数が少ない)ためにイメージング全体を見送るなどもあった.このような事情で若干,当初の予定とは異なる予算執行の状況(「約30万円の次年度使用」)に至った.2年目には初年度の状況を踏まえた手法の改善を進めるためにこの「次年度使用」分を思い切って使用し,当初の2年目計画の遂行に務め,さらなる成果を得るようにする.
すべて 2020
すべて 雑誌論文 (1件) (うち査読あり 1件、 オープンアクセス 1件)
Development, Growth & Differentiation
巻: 62 ページ: 118-128
10.1111/dgd.12648