研究課題/領域番号 |
19K22687
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研究機関 | 大阪大学 |
研究代表者 |
坪井 昭夫 大阪大学, 生命機能研究科, 特任教授 (20163868)
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研究分担者 |
高橋 弘雄 香川大学, 医学部, 助教 (20390685)
森 英一朗 奈良県立医科大学, 医学部, 准教授 (70803659)
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研究期間 (年度) |
2019-06-28 – 2022-03-31
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キーワード | 神経科学 / 脳・神経 / 脳神経疾患 / 脳梗塞モデルマウス / 神経可塑性 / 神経保護 / 転写因子 / 低分子量Gタンパク質 |
研究実績の概要 |
脳血管障害は、本邦の死因の4位となる発生頻度の高い疾患である。しかしながら、脳血管障害の多くを占める脳梗塞により脳が大きく損傷した際に、失われたニューロンを補填するための効果的な治療法は確立されていない。また脳血管疾患は認知症と並び、本邦で要介護者を生む最大の要因となっている。更に、脳梗塞に伴うニューロンの細胞死を防ぐことは、予後の脳機能の回復を促進するために、臨床医学上の重要な課題である。
脳梗塞モデルマウスやラットを用いた国内外の研究により、梗塞巣の大きさに影響を及ぼす複数の遺伝子が同定されている(Ageing Res Rev, 842, 2018)。これらの遺伝子は、脳梗塞から脳を守る役割を果たすと考えられる。しかしながら、多くの研究は、梗塞から24時間以上経過して梗塞巣が形成された後、もしくは、そこからの回復過程に着目しているので、脳梗塞の発症直後のニューロンで生じる遺伝子発現の変動やその生理的な意義は、殆ど明らかにされていない。
申請者らは「脳梗塞の発症初期のニューロンにおいて、細胞死を防ぎ、生存を促す内在性のカニズムが、どのようにして作動するのか?」に着目し、以下の実験を行った。梗塞2時間後の脳梗塞モデルマウスを用いて、RNAシークエンシング解析により発現が変化する遺伝子を体系的に探索した。その結果、顕著に発現が変化する27個の遺伝子を獲得し、転写因子Npas4の発現が最も著しく増加することを見出した(未発表データ)。そこで本研究では、脳梗塞の発症初期に速やかに発現が誘導される転写因子Npas4に着目して、梗塞後にNpas4がニューロンの細胞死を抑制し、生存を促進するという「脳を守る内在性のメカニズム」を解明する。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
脳梗塞による虚血時の際に、転写因子Npas4は神経細胞の生存に必須な因子であるが、転写因子をターゲットとした創薬はその作用点が多岐にわたる可能性が懸念された。そこで本研究では、脳梗塞モデルマウスを用いて、脳梗塞手術後に、梗塞巣の境界領域で発現が変化する遺伝子群の中から、Npas4の下流で働く遺伝子を、RNAシークエンシングにより探索した結果、30個の候補遺伝子が得られた。
その中から.マウス初代培養ニューロンに虚血様負荷をかけた際に生じる細胞死を指標にして、Npas4の下流遺伝子であるGemを同定することに成功した。Gemは低分子量Gタンパク質であるRasファミリーに属し、電位依存性Ca2+チャネルの細胞内局在を制御していることが知られている。野生型マウス由来の初代培養ニューロンでGemを過剰発現させた後に、虚血様負荷を与えると、神経細胞死は顕著に減少することが明らかになった。
そこで次に、in vivoでのGemの機能を明らかにするために、その遺伝子欠損マウスの作製にとりかかった。しかし、Gem欠損ヘテロマウスの雄と雌を交配した際に、そのホモマウスが非常に生まれにくいことがわかった。本研究遂行上、Gem欠損ホモマウスは必要不可欠であるので、半年間延長して、その作製を続行した。そして本年度に入り、ようやくGem遺伝子欠損のホモマウスが相当数得られたので、脳梗塞手術後の梗塞巣のサイズを測定した。その結果、Npas4遺伝子欠損マウスと同様に、Gem遺伝子欠損マウスでは、脳梗塞後の梗塞巣の大きさが顕著に増加することが明らかになった。
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今後の研究の推進方策 |
・Npas4関連因子を用いた脳梗塞の治療 上述したように、初代培養ニューロンを用いた解析では、Npas4やGem遺伝子の過剰発現により、ニューロンの細胞死が抑制される。そこで、アデノ随伴ウイルスを用いて、仔マウスの脳に、Npas4またはGem遺伝子を導入する。その後、成体マウスに対して脳梗塞手術を行い、これらの遺伝子の過剰発現による治療効果の有無を検討する。新生仔の脳室にアデノ随伴ウイルスを注入すると、ウイルスが大脳皮質に漏れて広く感染することが報告されている。そこで、日置寛之博士が開発したSynapsin promoterとTet-Off promoterを組み合わせたアデノ随伴ウイルスベクターを仔マウスの脳に感染させて、マウスが成体になった時に、ニューロン特異的にNpas4やGem遺伝子を発現させる。そして、脳梗塞手術後の梗塞巣のサイズを測定する。
・ヒトiPS細胞由来の脳オルガノイドを用いた解析 「マウスの脳梗塞におけるNpas4の機能がヒトにも敷衍できるのか?」が治療法の開発に際して重要な鍵となる。研究分担者の森英一朗は、ヒトiPS細胞を単一の細胞ではなく、複数の細胞からなるオルガノイド(臓器様細胞塊)に分化させることを試み、最近、三次元培養系を駆使して、大脳皮質オルガノイドに分化させることに成功した。そこで本研究では、ヒト脳オルガノイドに虚血様負荷を与えた場合に、マウス初代培養ニューロンと同様に、Npas4やその下流遺伝子Gemの発現誘導が起こるかどうかを調べる。
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次年度使用額が生じた理由 |
上述したように、マウス初代培養ニューロンに虚血様負荷を与えた際に生じる細胞死を指標にして、Npas4の下流遺伝子であるGemを同定することに成功した。野生型マウス由来の初代培養ニューロンにおいてGemを過剰発現させた後に、虚血様負荷を与えると、神経細胞死は顕著に減少することが明らかになった。
そこで次に、in vivoでのGemの機能を明らかにするために、その遺伝子欠損マウスを作製することにした。しかし、Gem欠損ヘテロマウスの雄と雌を交配した際に、そのホモマウスが非常に生まれにくいことがわかった。本研究遂行上、Gem欠損ホモマウスは必要不可欠であるので、半年間延長して、その作製を続行した。そして本年度に入り、ようやくGem遺伝子欠損のホモマウスが相当数得られたので、脳梗塞手術後の梗塞巣のサイズを測定した。その結果、Npas4遺伝子欠損マウスと同様に、Gem遺伝子欠損のマウスでは、脳梗塞後の梗塞巣の大きさが顕著に増加することが明らかになった。次年度では、Gem遺伝子欠損マウスを用いて、行動実験を行うと共に、そのマウス由来の初代培養ニューロンに対する虚血様負荷が神経細胞死に与える影響を明らかにする。
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