本研究では多能性幹細胞のAurora-Bキナーゼ活性による未分化維持機構の解明とその機構に基づいた初期化や分化誘導への臨床応用を模索することを目的としている。これまでに、Aurora-Bキナーゼ活性が多能性幹細胞の未分化能維持に関与することを明らかにしており、実際にAurora-B阻害剤であるBarasertibを多能性幹細胞に投与すると分化マーカーの上昇が見られることを見出している。本研究では、Aurora-Bによる未分化能維持に、Aurora-Bキナーゼの基質タンパク質であるヒストンH3のSer10(H3S10)のリン酸化がクロマチン構造を変化させ、未分化能維持に関わる遺伝子発現を制御するのではないかとの仮説を証明する。前年度は、Barasertibを投与することにより分化させた際におこるヒストン修飾の変化を網羅的に解析し、H3K9のメチル化およびH3K79のメチル化の減少を明らかにした。さらに、ヘテロクロマチン形成に関与するHP1の発現をクロマチン分画を用いてウエスタンブロット法により検討したところ、Barasertibの投与の有無で顕著な変化は認められなかった。そこで、本年度は遺伝子発現制御の変化を網羅的に検索するため、ATAC-seq解析を行い、遺伝子発現情報(RNA-seq)と照らし合わせた。その結果、未分化状態に特異的なオープンクロマチン領域で、発現亢進していた遺伝子が11個、発現低下している遺伝子が40個あった。Barasertibの投与により分化させた状態では、サンプル間で共通のオープンクロマチン領域はみられなかった。この理由としては、様々な分化状態が混在するためであると考えられる。さらに、未分化状態に特異的なオープンクロマチン領域のモチーフ解析を行ったところ、いくつか転写因子の結合配列が同定された。今後は、Barasertib投与により分化制御において、変化する転写因子に着目してそのメカニズムを明らかにしたいと考えている。
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