研究課題
本研究は、食事性成分あるいはその代謝物が核内受容体ファミリーをはじめとするリガンド依存性転写因子の活性に影響を及ぼすことなどによって、脳内炎症応答に関わる細胞群の分化や機能発現を制御し脳内出血病態の改善に寄与する可能性を検証すること、およびそれらの検討を通じて脳卒中後の治療介入に資する新たな「脳卒中栄養学」の概念を確立することを目的とする。本年度は、ラット培養脳組織切片の病理解析実験系を用いてビタミンA関連化合物である直鎖型レチノイドの作用を解析し、直鎖型レチノイドが合成レチノイン酸受容体作動薬と同様にトロンビン誘導性の大脳皮質神経細胞死および線条体組織萎縮を濃度依存的に抑制することを見出した。またこの効果の一部はTrkB阻害作用を有するK252aによって遮断されたことから、脳由来神経栄養因子とその受容体であるTrkBを介するシグナルがレチノイドの神経保護効果に寄与することが示唆された。一方、マウス脳内出血病態モデルを用いて天然由来トリプトファン代謝物である3,3’-ジインドリルメタンを経口投与した際の効果を検討したところ、同化合物が脳内出血に伴って生じる運動機能障害を軽減すること、また血腫周縁部のミクログリアやアストロサイトの活性化、血腫内への好中球の浸潤、脳組織中のサイトカイン・ケモカイン発現増大といった脳内炎症応答を有意に抑制することを見出した。これらの結果はいずれも、食事性に摂取される脂溶性ビタミンやアミノ酸の代謝物・類縁化合物が神経保護作用や抗炎症作用により脳内出血病態の改善に寄与する可能性を支持するものである。
2: おおむね順調に進展している
初年度である本年度は、既に研究代表者が確立しているin vitroおよびin vivoの脳内出血病態解析実験系を活用することで、脂溶性ビタミン(ビタミンA)関連化合物とアミノ酸(トリプトファン)代謝物の神経保護効果、脳内炎症抑制効果、および脳機能障害軽減効果を見出すことができた。ビタミンA関連化合物(直鎖型レチノイド)の作用についてはBDNF-TrkBシグナル系の関与を示唆する知見も得ており、作用機序に関して今後さらに追究していくための足がかりを得ている。トリプトファン代謝物については、研究実績に記したin vivo脳内出血モデルだけでなく、ミクログリア系BV-2細胞での抗炎症効果に関する検討も開始しており、複数のトリプトファン代謝物が互いに異なる作用を発揮することを示唆する予備知見を得ている。これらの知見を背景として今後も順調に研究成果を挙げられるものと考えている。
1)脂溶性ビタミン強化補給の効果:マウスin vivo脳内出血病態モデルを用いて、脂溶性ビタミン類の経口/経腸補給の効果を検証する。ビタミンA関連化合物およびビタミンD関連化合物を被験薬とし、出血誘発後の個体生存率、運動機能、血腫サイズ、脳内サイトカイン・ケモカインの発現変化およびミクログリア・マクロファージの形態変化、好中球の脳内浸潤、関連核内受容体の脳内発現分布、骨髄・血中の好中球・単球・Tリンパ球の分化に対する効果を評価する。2)トリプトファン強化補給の効果:複数のトリプトファン代謝物がリガンド依存性転写因子である芳香族炭化水素受容体に対するリガンド活性を有することを踏まえ、トリプトファン代謝物の脳実質細胞への直接作用について、BV-2細胞(トロンビン誘発性サイトカイン・ケモカイン発現に対する効果、およびMAPキナーゼ群やNFκB等の細胞内シグナル伝達系への影響)や培養脳組織切片(トロンビンによる組織内ミクログリアの活性化および遅延性の神経細胞死誘導に対する効果)を用いて検証する。初年度にin vivoでの作用を明らかにした3,3’-ジインドリルメタンよりも神経保護効果あるいは抗炎症効果の優れた化合物が見出された場合は、当該化合物のマウス脳内出血病態モデルに対する作用についても検討を開始する。3)乳清タンパク質補給の効果:マウスin vivo脳内出血モデルおける乳清あるいは成分タンパク質の経口的/経腸的投与の効果についての検討を開始する。また、BV-2細胞や培養脳組織切片を用いて乳清タンパク質の脳実質細胞への直接作用の検証を進める。In vitroでの具体的な検討内容は上記項目2)に準ずる。
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