研究実績の概要 |
昨年度は,北海道大学から東京大学に伴う異動による限られた研究時間のなか,赤外反射分光法による葉の表面の非破壊その場分析法を新たに開発した.本手法は植物の葉の表面だけでなく,水の界面(エアロゾル界面や海洋表面)やヒトの皮膚などの誘電体表面に吸着した有機薄膜の構造解析に広く応用可能である.そこで本年度は,ヒトの皮膚表面に化粧品や外用薬の基剤として用いられるステアリルアルコールとステアリン酸の薄膜を作製し,赤外反射分光法を用いて薄膜の構造解析をおこなった. まず,生きたヒトの皮膚にステアリルアルコール/エタノール溶液(0.5 wt%)を滴下することで薄膜(厚さ10-100 nm)を形成した.この薄膜について,赤外反射分光法を用いて測定をおこなったところ,ステアリルアルコール分子の炭素鎖はヒトの皮膚表面でall-trans zigzag構造という安定な構造で存在していることがわかった.いっぽう,ステアリン酸/エタノール溶液(0.5 wt%)を用いてステアリン酸の薄膜を作製した場合,その炭素鎖はall-trans zigzag構造だけでなく,乱れたgauche構造も存在することが明らかになった.ヒトの表皮温度での熱力学平衡を仮定すると炭素鎖はall-trans zigzag構造をとるはずなので,これらの成果はヒトの皮膚表面に吸着したステアリルアルコールとステアリン酸の構造は単純な熱力学平衡では議論できず,薄膜の形成過程に繊細に依存することを意味している.これらの成果は,Biophysical Chemistry誌に掲載された(Hama et al., Biophysical Chemistry, 2020, 266, 106459.).
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