研究課題/領域番号 |
19K22927
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研究機関 | 静岡大学 |
研究代表者 |
二又 裕之 静岡大学, グリーン科学技術研究所, 教授 (50335105)
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研究期間 (年度) |
2019-06-28 – 2021-03-31
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キーワード | 微生物生態系 / 代謝 / システム制御 / ネットワーク / 共存 / リデザイン |
研究実績の概要 |
本研究では、地球規模での物質循環から環境浄化・ヒトの健康に至るまで、様々な領域で深く関わっている微生物生態系の制御を最終目的とし、その形成メカニズムを解明することを目的としている。自然界における微生物生態系は、多種多様な微生物が相互に作用しつつ構成されていることは周知の事実であり、また、それ故に形成メカニズムを直接的に取り扱うことは現時点において極めて困難である。そのため本研究では、数種類の微生物を混合し人工的なモデル微生物生態系を対象として、その形成メカニズムの解明を目指している。
我々は、異なる属種の3菌株を選定した。全ての菌株はフェノールを唯一の炭素源として生育可能である。そこで、フェノールを用いて3菌株混合の連続集積培養系を構築した。このメリットは、連続集積培養系がフェノールを安定して分解しているかどうかで、システム全体の機能が維持されているかを判別可能であること、また、システム全体の機能と供試微生物の動態を解析することにより、形成メカニズムの解明に至る糸口を見つけられるのではないかと想定した。
その結果、本連続集積培養系は途中で飢餓による外乱を加えたにも関わらず、長期間フェノール分解能力を安定的に維持し、また、供試菌株の動態はほぼ安定していた。一方で、フェノール分解能力の指標となる動力学的解析から、培養の前期と後期では分解能力が異なっていることが示された。供試菌株のゲノム解析結果を基に、フェノール分解に関わる機能遺伝子の転写量解析を実施した結果、培養前期では3菌株間でフェノールの分配に基づく共存が成立し、培養後期ではフェノール代謝産物を介した代謝ネットワーク構造によるシステム成立が示唆された。以上の結果は、微生物群集構造からシステムを制御することの限界を示しており、微生物生態系の制御やリデザインを図るためには、代謝機能に着目した制御の重要性を示している。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
供試菌株を用いて安定したモデル微生物生態系を作ることは、実は意外と難しい。これまで複数種の微生物を組み合わせて各種モデル微生物生態系を構築したが、いずれも数十日後に急激に崩壊するという現象が生じている。本研究では、崩壊する微生物生態系と安定な微生物生態系の両方向から、微生物生態系の最大の特徴の一つである恒常性の解明を目指している。そのため、現時点において、極めて安定的かつ再現性の高いモデル微生物生態系を構築できたことは今後の研究にとって重要な点と評価できる。
更に、本研究で構築したモデル微生物生態系では、供試微生物の動態がほとんど変化しないにも関わらず、システムが維持される機構が大きく異なっていたことは、これまでの常識を大きく覆すものである。一般的に、微生物生態系の機能は、その構成因子である微生物の種類と数によって決定されると考えられている。その為、様々な環境において微生物群集の構造解析が実施されている。しかし、それだけでは微生物生態系の制御に結びついていないことも事実である。我々の研究成果はこの一般常識を覆す結果であり、微生物生態学および微生物を利用する諸々の産業にとって、好適制御の観点から解析する切り口や制御の考え方に一石を投じるものであり、有益な成果と評価できる。また、後述するように学術論文1報が受理され、現在2報を投稿中である。
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今後の研究の推進方策 |
まず1つ目として、本研究で構築したモデル微生物生態系の機能的恒常性を発揮できている要因と考えられる代謝ネットワーク構造をより詳細に解析する。現時点では、フェノールおよびその代謝産物であるカテコールの分解遺伝子のみの解析となっている為、全体像の把握ができていない。その為、モデル微生物生態系のメタトランスクリプトーム解析を実施し、菌株間相互作用を加味しつつ、システムの恒常性維持機構の理解を目指す。微生物生態系では、構成される微生物種が1つ増えると全く新しいメカニズムでシステムが構築されると考えられている(Higher order effectsと呼ばれる)。その為、本解析では、供試菌株の純粋培養系、および2菌株培養系のサンプルについても同様に解析し、システムの安定性と構成因子である個の微生物の関係性の理解に向けても挑戦する。
2つ目としては、異種の微生物が共存できる現象をより深く理解する為、数理生物学的手法を用いた解析に着手する。伝統的なLotka-Volterra方程式では、実際の微生物生態系の挙動を再現できておらず、また、多くの数理解析は実態と掛け離れた前提で議論が進んでいる。その為、実際の培養系を基にし、数学的工夫を行うことで、我々が見逃している重要な現象の炙り出しを実施する。上記2つの研究項目は、今後の微生物生態系およびそれを利用する産業にとっても、制御やリデザインを図る上で必要不可欠な知見を導くものと期待される。
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