細胞や組織が環境に由来する力学刺激を感知して反応することは、その機能や生存にとって極めて重要な役割を果たしている。しかし、力学刺激を感知する仕組みは十分解明されていない。本研究では血管内皮細胞が血流に起因する流れ剪断応力を感知して情報伝達する分子機構を新しい視点、即ち、ミトコンドリアに焦点を当てた解析を行う。そこで本年度は「ミトコンドリアの役割を介したメカノトランスダクションと細胞応答」についての課題を中心に実験を行い、以下の結果を得た。 ミトコンドリア標的型のfluorescence resonance energy transfer (FRET)-based ATPバイオセンサーのアデノウイルスベクターを感染させた培養ヒト肺動脈内皮細胞(HPAECs)に流れ剪断応力を負荷すると、ミトコンドリア内で酸化的リン酸化の経路が活性化され、ATPが産生された。ミトコンドリアの酸化的リン酸化を阻害する試薬(oligomycin、CCCP、rotenone)をHPAECsに作用させると、剪断応力依存的な内因性ATPの放出とATP作動性チャネルP2X4を介したカルシウム・シグナリングが有意に減少した。また、細胞膜のコレステロールを増大させると、その濃度に反比例して、剪断応力依存的なATP産生が減少した。さらに、コレステロール代謝の制御に重要な役割を果たす膜蛋白質であるcaveolin-1の発現をsiRNAを用いて減少させると、剪断応力依存的なミトコンドリアATP産生が阻害され、それに引き続いて起こる内因性ATPの放出と、ATP作動性チャネルP2X4を介したカルシウム・シグナリングが起こらなくなった。以上の結果から、剪断応力の細胞内情報伝達機構にミトコンドリアの機能が重要な役割を果たしていることが明らかとなった。
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