本研究は、研究代表者らの過飽和液中レーザー照射法をヒトエナメル質基材に適用し、耐酸性と抗菌性を併せ示すフッ素含有アパタイトをエナメル質表面に迅速成膜するための技術を確立することを目的とする。2021年度までの研究において、エナメル質基材(患者の同意を得て提供された抜去歯牙より作製)の表面にインドシアニングリーン(光吸収剤)を塗布した後、フッ化物イオン(抗菌性イオン)を添加したリン酸カルシウム過飽和溶液中で歯科用半導体レーザー(波長:808 nm)を照射することで、フッ素含有アパタイトを迅速成膜できることを確認した。 当該年度(2022年度)は、前年度までに得られた成果に基づき、本成膜技術のプロセス解明と膜界面の詳細分析を進めた。具体的には、レーザー照射(180秒)後のエナメル質基材より、FIB加工により表層部の断面試料を作製し、透過電子顕微鏡による構造・組成分析を行った。その結果、生成膜は、1マイクロメートル程度の厚みを持つフッ素含有アパタイトであり、エナメル質基材表面のアパタイト結晶の配向を受け継ぎ、基材表面に対しc軸配向した針状結晶群からなることを明らかにした。膜とエナメル質の界面にインドシアニングリーンの残存層は認められず、アブレーションにより消失したと考えられた。比較実験の結果、未処理のエナメル質基材をレーザー非照射下で上記と同じ過飽和溶液中に場合にも、基材表面にフッ素含有アパタイトが生成するものの、ミクロン厚膜を得るためには20時間もの浸漬時間を要することを確認した。インドシアニングリーン塗布面へのレーザー光照射によって、表面および周囲の溶液が加熱されることで、膜の生成・成長が加速されたと考えられた。 フッ素含有アパタイトは、耐酸性と抗菌性を併せ示すことが知られており、本成膜技術によって、エナメル質の表面を迅速に改質・高機能化できる可能性を示した。
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