本研究では、フランスの国立ゴブラン製作所で20世紀はじめに制作されたタピスリー連作「フランスの諸地域と諸都市」の制作プロセスに着目し、携わった画家達の各画業のおける本注文の位置付けや、製作所の運営方針に実質的な権限を持った「ゴブラン制作審議委員会」に関する考察を通じて、当時のフランスにおける「公的美術」の形成やそれを支える美術行政の意思決定の実態を明らかにすることを目的とした。 最終年度である令和2年度は、資料・情報の収集・整理に注力した昨年度の調査内容に基づき、それらの分析および投稿論文等での成果発表を行った。なお、当初の計画で予定していたフランス国内各地での現地調査は、新型コロナ感染拡大による海外への渡航制限により実施ができなかったため、本研究が主として立脚するリソースである公文書の収集が当初の予定より大幅に限定されたが、二次文献や諸機関のデータベース等を可能な限り活用しその不足を補った。 本年度の調査結果は、主に原典史料翻訳としてまとめた。昨年度は、フランス国立古文書館および国立動産管理局資料室で管理される史料のうち、当該連作を構成する13点のタピスリーの発案から、下絵制作者の選出、主題の決定、造形に関する関係者間のやりとりに至る制作プロセスを明らかにする文書を抽出、翻刻を成果としてまとめたが、本年度はなかでも最重要かつ所長ジェフロワの在任期間(1908-26年)中のもので唯一現存する「1909年3月の審議委員会の議事録」の翻訳作業を通じて、委員会の構成メンバーの特定や、画家が提出した下絵に関する議論の内容から、所長ジェフロワがゴブランにおいて必ずしも絶対的な権限を持たず、むしろ委員会の意向が強くかつ一枚岩ではない内情が明らかになった。ただし、約20名のメンバー全員の行政内あるいは思想的な立ち位置を明らかにするには至らなかったため、今後も引き続き調査研究を続行する。
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