本研究の目的は、16世紀末から17世紀初頭の神聖ローマ皇帝ルドルフ2世のプラハ宮廷とその周辺における版画の地位を明らかにすることである。そのために、同じ平面造形芸術であるが社会的地位の高い絵画と比較した際に、版画がいかに評価され、位置づけられたかを考察している。前年度までに、プラハの宮廷芸術家に影響を及ぼしたイタリアの美術理論について検討するとともに、同帝国内で活動する版画家に対して皇帝が発行した著作権の原初期的形態である印刷特権(プリヴィレギウム)の読解・翻訳を進めてきた。 本年度は、原画に変更点が加えられた「複製版画」の事例について調査した。他分野の美術作品を版画化した複製版画のなかには、原画からの変更点が加えられたものが散見される。その中でも、版画制作時にルドルフ2世の宮廷芸術家ヨリス・ヘーフナーゲルがピーテル・ブリューゲル(父)の原画にモティーフを付け加えたと考えられる版画作品《プシュケーとメルクリウスのいる風景》(シモン・ヌウェラヌス版刻、16世紀後半)について調査した。それにもとづき、ヘーフナーゲルが追加した図像の主題選択の意味や、ルドルフ2世の印刷特権との関わりについて口頭発表を行った。 また、ウィーン国立文書館にある皇帝が版画家に対して発行した印刷特権をこれまで調査してきたが、現在までに見つけえた版画家に対する全特権の翻訳を行い、解題を付して史料紹介としてまとめた。その結果、絵画などの造形芸術とは異なる印刷物としての版画の扱いを書物史の視点も交えて整理することができた。
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