研究課題/領域番号 |
19K23022
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研究機関 | 中央大学 |
研究代表者 |
泉 美知子 中央大学, 文学部, 准教授 (00742983)
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研究期間 (年度) |
2019-08-30 – 2023-03-31
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キーワード | 大聖堂 / 旅行 / ヴィオレ=ル=デュック / ジョン・ラスキン / マルセル・プルースト / ゴシック建築 / 修復 / 景観 |
研究実績の概要 |
本研究の独創性は、「大聖堂」に注がれた19世紀の眼差しの諸相を明らかにするために、西欧で芸術作品の鑑賞体験と深く結びついてきた「旅」に注目したことにある。具体的内容として、19世紀に大衆化が進む「旅」の文脈のなかで、「大聖堂」への眼差しがどのように表現されるのか、テクストとイメージを通して分析することができた。 2021年度の成果は、国際シンポジウム「プルースト:文学と諸芸術」(日仏会館主催、オンライン)が開催され、そこでの発表内容は『プルーストと芸術』(吉川一義編、水声社、2022年4月刊行)に論文として収録された。プルーストがノルマンディー地方の旅を通して教会堂にどのような眼差しを注いでいたのかを考察するために、19世紀末から20世紀初頭にかけて教会堂をめぐる美術史家や美術批評家の議論(テーマとしては、1ヴィオレ=ル=デュックの修復、2近代都市における古いもの、3古い石の美学)を整理し、プルーストが参照していたであろうイメージを調査した。プルーストが小説のなかで描く教会堂の場面は、コンブレー(子ども時代)、バルベック(青年時代)があるが、とりわけ主人公の眼差しが当時の学問的動向や美学的潮流の影響を受けながら発展するのは、バルベックの旅においてであった。 この論文の意義として、19世紀~20世紀初頭における大聖堂の表象がいかに旅と結びついているかを明らかにするとともに、プルーストが参照した19世紀の大聖堂のイメージ群(絵画や版画)が眼差しの形成と深く関わるものであることを示すことができた。さらに、大聖堂への眼差しが、「建築」単体ではなく、都市景観との関わりを捉えていることは、19世紀末の文化財保護の意識につながる問題として、本研究を深めていく重要な論点のひとつとなる。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
2019年9月から始まった本研究では、すでに国際シンポジウムでの発表が決定しており、本研究のテーマに関わる内容で発表してきた。「ラスキンとフランス」(2019年、名古屋大学)と、「プルースト:文学と諸芸術」(日仏会館主催)である。後者のシンポジウムは1年延期されたが無事に開催され、その発表は2021年の研究成果となった。どちらも国際シンポジウムであり、日本語だけでなくフランス語で論文を執筆することが求められている。前者の論文は提出済みであり、刊行に時間がかかっている。後者については、日本語論集は刊行され、フランス語論集は2022年度に執筆予定である。 本研究は2回の現地調査を予定していた。計画では19世紀の版画を中心とした大聖堂イメージの調査を行うこと、旅における大聖堂の視覚体験、都市景観と大聖堂の関係について現地にて自らの眼で確かめ考察することを予定していた。残念ながら、渡仏は実現できていない。 一方で、ラスキンとプルーストの発表のなかで、彼らの大聖堂への眼差しに影響を与えたと考えられる19世紀前半の豪華挿絵入り出版物『古きフランスをめぐるピトレスクでロマンティックな旅』(1820-1878 年)を取り上げたが、本研究テーマにとってこの出版物の重要性を改めて確認することができた。現地調査の代わりとして、フランス国立図書館のGallicaで大聖堂のイメージが含まれる19世紀の挿絵入り出版物の検索を重ね、研究対象となりえる資料を調査した。 また、今後の「大聖堂の表象研究」をさらに発展させるために、19世紀の美術、建築、美術制度、保護制度、宗教と社会に関わる参考文献の収集を行った。2019年のノートル=ダム・ド・パリの火災により、大聖堂や19世紀修復に関する文献が数多く刊行されており、現地調査費をその文献購入費に充てて、このテーマに関わる基礎的な研究文献をそろえることができた。
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今後の研究の推進方策 |
本研究は「研究活動スタート支援」であり、大聖堂の表象研究の手始めとして「旅」というテーマを設定した。2020年度から2021年度にかけてのコロナ禍で、研究活動が中断されたが、そのテーマに添う形で国際シンポジウムの発表と論文を、最低限の成果として計画通り提出することができた。 2022年度の最終年では、フランス語論文の執筆とともに、上述した『古きフランスをめぐるピトレスクでロマンティックな旅』の分析を主軸とする。これは約半世紀の年月をかけて、フランス地方の歴史的建造物や景観の魅力を当時の人々に再発見させるために企画された出版物シリーズである。まずは第1巻の「ノルマンディー」を取り上げ、ラスキンやプルーストでの考察で浮上したイギリスの風景画家サミュエル・プラウトから読み解いていく予定である。 ノルマンディーの大聖堂の現地調査を実施し、新しいイメージ資料の発掘や、旅における大聖堂の表象について考察を深めたいと考えている。しかし、実現不可能な場合は、『古きフランスをめぐるピトレスクでロマンティックな旅』の分析を進めるために、それを所蔵する国立西洋美術館で現物調査を行いたいと考えている。この書物への本格的なアプローチは始めたばかりであるが、次の研究費獲得につながるような下地を準備するつもりである。 大聖堂を「19世紀の遺産」として評価することが、申請者の将来的な目標である。フランスの大聖堂はゴシック建築が多く、美術史や建築史において中世の専門家の研究対象となってきた。いっぽうで、大聖堂が中世の「建築」だけでなく、今日まで受け継がれてきた「文化遺産」であるという認識が高まっている。19世紀という時代が、大聖堂の継承において重要な役割を果たしたことを明らかにしたいと考えている。その論点において、『古きフランス』の考察は、興味深い成果をもたらしうるものと考えている。
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次年度使用額が生じた理由 |
本研究費は、申請時において、フランスでの資料調査を予定していたが、世界的なCovid-19の流行によって、未だ実現できていない。従って、次年度使用額が生じた理由は、フランスで調査を行う可能性を残すためである。 使用計画としては、状況が許せば、申請した通り、フランス出張にあてる予定である。しかし、実現ができない場合は、研究書の購入費として使用する。
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