本研究は「大聖堂」に注がれた19世紀から20世紀初頭までの眼差しの諸相を問題とする。ヨーロッパでは「旅」は芸術作品の鑑賞体験と深く結びついてきた。19世紀に大衆化が進む「旅」の文脈のなかで、「大聖堂」への眼差しがどのように表現されるのか、テクストとイメージの分析を通して明らかにする。「大聖堂」の価値が見出される過程を、当時の社会的文脈に関連づけながら考察する。 分析の対象としたのは、ピクチャレスク・ツアーからツーリズムへの過渡期における、イギリスの美術批評家ジョン・ラスキンと、ラスキンの影響を受けたフランスの作家マルセル・プルーストによる北フランスの旅である。「大聖堂」が大修復される時代のなかで、二人の作家の眼差しを通して、近代的な知性と感性を文化遺産の歴史に照らして浮き彫りにする。 最終年度では、2022年4月に刊行された吉川一義監修『プルーストと芸術』(水声社)で発表した論文をフランス語論文として執筆する課題が残っていた。19世紀における大聖堂の眼差しの形成において、同時代のイメージ群、1枚の油彩よりもむしろ、複製によって多くの人々の目に触れる版画が重要な役割を果たしていること、さらに、「建築」単体ではなく、建築と都市景観との関わりを捉えるうえでも、当時の挿絵本や旅行ガイドに掲載されていた版画やスケッチ類(19世紀後半になると写真)が多くの示唆を与えてくれるものであることを確認し、文化財保護の意識形成に結びつけて考察を深めていくことを今後の研究課題とした。
|