本研究の最終目的は、「共同体」概念による他者論の基礎づけである。これを達成するために、2019年度には、現象学的他者論における「共同体」概念の網羅的研究が行われた。その成果を踏まえて、2020年度の研究においては、「共同体」の成立過程についての理論として、現象学的他者論の構想を提示することが試みられた。 この構想は、具体的には下記のとおりである。現象学の創始者エトムント・フッサール(1859-1938)によれば、共同体は「感情移入の共同体」と「伝達の共同体」に大別される。そして感情移入の共同体においては、他者は感情移入の対象として現れ、伝達の共同体においては、伝達のパートナーとして現れる。そこで、感情移入の共同体を土台として伝達の共同体が成立する過程をたどることによって、自己と他者の関係が網羅的・体系的に記述されることになる。こうしたフッサールの記述を再構成することによって得られる、共同体における他者の現れの理論こそが、現象学的他者論にほかならない。 そこで2020年度の研究においては、単著『フッサールの他者論から倫理学において』(2021年2月公刊)を通じて、実際にフッサールの文献研究に依拠して現象学的他者論の構想が提示された。なお同書は、フッサール研究の枠内にとどまるものではなく、終章においてエマニュエル・レヴィナス(1906-1995)やラズロ・テンゲイ(1954-2014)との比較を通じて、現象学的他者論の核心を「基礎関係」の理論のうちに見出し、それが倫理的関係の端緒となりうることをも示すという独自の考察を展開している。これにより本研究の成果は、現象学の枠内にとどまらず、倫理学一般に関わる射程をもつことになった。
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