本研究の目的は、室町期の連歌表現と和歌表現がどのように影響し合ったか明らかにすることであった。前年度の成果のひとつとして、正徹の和歌にある「みだれ碁」という特異な表現が、和歌ではそれほど普及しなかったのに対し、連歌では広く受け入れられたことを指摘した。そして今年度は、歌語「みだれ碁」と盤上遊戯「らん碁」との関係に焦点を当て、それぞれの用例を調査した。 まず、「みだれ碁」の和歌・連歌の用例を確認すると、大きく分けてその典拠となっているのは、爛柯の故事、『源氏物語』空蝉巻、謡曲「碁」であって、内容としては囲碁を扱うものがほとんどであった。また「打つ」という語を含む例が多く見られた。一方、「みだれ語」を「らん碁」の意で用いる例はごく少数であった。 次に、「らん碁」の用例を検討した。現在、「らん碁」の実態については諸説あり、碁盤と碁石を使った遊戯であることのみ、確実な情報として知られている。平安期の用例から考えると、元々は子供向けの遊戯であったようである。『看聞日記』『言継卿記』など中世の用例では、「らん碁」は「拾ふ」もので囲碁を「打つ」ことと区別されており、歌舞・楊弓などのあとに行われ、気軽な余興だったことが分かる。また、「らん碁」の実態を述べたものとしては『槐記』が最も詳しく、囲碁棋士の協力を得て、「らん碁」の遊び方を盤上で復元することができた。 以上のことから、「みだれ碁」は囲碁を意味する歌語として連歌作者に受け入れられたと考えられる。詩における「みだれ碁」と盤上遊戯「らん碁」とは、ほとんどの用例において別個のものである。「みだれ碁」を「らん碁」の訓読語と位置づけ同義とみなす辞書が多いが、見直しが必要かと思われる。 総括すると、「みだれ碁」の語義を見直し、実態不明とされていた「らん碁」を『槐記』によって復元したことが、本年度の成果である。
|