2021年度はサンスクリットの/v/と/b/に対する義浄の音訳方法について、インド・中国双方の言語状況を参考に考察を行った。 6世紀末以降のインド東部では/v/と/b/が同一の字形で表されるようになった。この変化にはインド東部の方言に生じた発音の変化が関係している。7世紀後半にインド東部で10年間留学し、帰国後7世紀末から8世紀初頭にかけて訳経を行った義浄の音訳漢字ではサンスクリットの/v/が漢語の並母[b-]で音訳される傾向が強い。この音訳傾向は義浄が滞在した7世紀後半のインド東部では/v/と/b/がいずれも[b]と発音されていたことを反映している可能性がある。 問題の音訳傾向に漢語側の問題が同時に関係している可能性についても検討を行った。7世紀の他の対音資料には唇歯音化の反映が見られ、また義浄の音訳漢字では重唇音と軽唇音がほとんど混じていないことから、義浄当時の軽唇音はすでに唇歯音化を起こしていたことが分かる。従って、義浄の音訳漢字においてSktの/v/が並母[b-]で音訳される傾向は、漢語側の問題に起因するものではなく、基本的にはインド側における/v/と/b/の混乱を反映したものと考えるのが妥当である。 本研究は、Skt音の具体的な音価を検討することで、これまで十分に説明できていなかった義浄の音訳漢字における/v/の音訳方法について新たな視点をもたらすことができた。更には梵漢対音研究においてインド原音を検討することの重要性をも示すことができたと考える。 以上の成果を論文としてまとめ、令和4年3月に『岩田礼教授栄休紀念論文集』に発表した。
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