研究課題/領域番号 |
19K23054
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研究機関 | 早稲田大学 |
研究代表者 |
篭尾 知佳 早稲田大学, 教育・総合科学学術院, 助手 (10843881)
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研究期間 (年度) |
2019-08-30 – 2021-03-31
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キーワード | 平安朝文学 / 源氏物語 / 長編物語の手法 / 鍵語 |
研究実績の概要 |
本研究では、『源氏物語』の読解のために複合動詞の働きを考え、この物語の重層的な世界を解き明かすことを目的としている。2019年度では、特定の複合動詞が繰り返し用いられる現象に着目し、『源氏物語』の「見はつ」ということばの働きを考えた。垣間見や国見のように、古代世界において「見る」という語は支配・所有する意味を含み持っており、『源氏物語』の中でも「見る」は作中人物相互の関係性や物語の全体像を把握する鍵語として捉えられてきた。「見る」が上につく複合動詞のうち、『源氏物語』では「見はつ」という語が多用されており、その数は他の平安朝文学作品と比べて突出している。2019年度では、他の平安朝文学作品の用例・用例数と比較し、複合動詞「見はつ」の多用が『源氏物語』独自の表現方法であることを確認し、この語が『源氏物語』の正編の世界に多く現れることの意味を考察した。 まず、『源氏物語』の「見はつ」が第一部の真木柱巻に頻出することに注目し、この巻では、鬚黒夫妻の離婚騒動の中で夫婦関係の持続と終結の問題を悲喜劇的に描くために「見はつ」が多用されていると指摘した(「『源氏物語』真木柱巻の「見はつ」―夫婦関係の持続と終結をめぐって―」『古代中世文学論考』第40集、2020.3)。次に、『源氏物語』第二部では、複合動詞「見はつ」が光源氏と紫の上に繰り返し現れ、光源氏と紫の上の「見はつ」の用法が鬚黒夫妻の「見はつ」の用法と類似していることに注目した。その結果、『源氏物語』正編の世界では、複合動詞「見はつ」を多用することで、脇筋の鬚黒夫妻の物語と本筋の光源氏・紫の上の物語を連繋させ、長い尺度で婚姻関係の持続と終結の問題を丹念に追求していることを読み解いた。このように、2019年度では、物語の展開に即して「見はつ」という語を分析し、この語が『源氏物語』の長編化の方法として用いられていることを明らかにした。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
2019年度は『源氏物語』の中で特定の複合動詞が繰り返し用いられる現象に注目し、この長編物語の表現世界を解き明かすことを研究課題に設定しており、以下の手続きを踏むことで、この研究を概ね順調に遂行することができた。手順1では、古代世界において「見る」という語が支配・所有するという意味を含み持っており、『源氏物語』の中でも「見る」が物語の全体像を把握する重要なキーワードとして捉えられてきた状況を踏まえ、『源氏物語』の「見る」が上につく複合動詞に着目してそれらの整理を行った。具体的には、『源氏物語』に出てくる「見る」が上につくすべての複合動詞の種類・用例数・巻ごとの分布が一覧できる表を作成した。手順2では、手順1で作成した表から『源氏物語』の「見る」が上につく複合動詞の中で多用されているものを探し出し、それらのうち、『源氏物語』の第一部・第二部・第三部のある部やある巻に偏在する複合動詞の存在に目をつけた。その結果、「見る」が上につく複合動詞の中で「見知る」「見つく」に次いで3番目に多い用例数を誇る「見はつ」が『源氏物語』の正編に多用され、真木柱巻に頻出していることが分かった。手順3では、他の平安朝文学作品の「見はつ」の用例・用例数と比較し、『源氏物語』が独自の表現方法として「見はつ」という語を多用していることを確認した。手順4では、『源氏物語』の「見はつ」の用例を正編の物語の展開に即して分析し、複合動詞「見はつ」が第一部の脇筋の物語と第二部の本筋の物語を繋ぎ合わせていること、このことばを多用して物語が長い尺度で婚姻関係の持続と終結の問題を追求していることを読み解いた。 以上のように、綿密な調査とその結果を踏まえた地道な読みの積み重ねによって、『源氏物語』が複合動詞「見はつ」を多用して長編物語の表現世界を作り上げていることを解明できたので、本研究は概ね順調に進展していると考える。
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今後の研究の推進方策 |
『源氏物語』は複合動詞を使い分け、作中人物たちの多彩な感情や出来事の推移を細やかに描き出している。本研究では、『源氏物語』における特定の複合動詞の反復や同類の複合動詞の連鎖が作中人物たちの関係性や長編物語の展開にどのように働いているのかを考え、『源氏物語』の重層的な表現世界を明らかにすることを目的としている。2019年度は特定の複合動詞の反復という現象に注目し、『源氏物語』の中の「見る」という動詞が上につく複合動詞をすべて整理したうえで、複合動詞「見はつ」が『源氏物語』正編の世界を読み解くための鍵語として働いていることを指摘した。2020年度も2019年度の調査結果を踏まえ、『源氏物語』における「見る」が上につく複合動詞の分析を通して、この長編物語の構築の方法を考察する。 さらに、「見る」と同じく、「思ふ」も『源氏物語』の作中人物相互の関係性や物語の全体像を把握するための鍵語であると考えているため、2020年度は「思ふ」という動詞が上につく同類の複合動詞の連鎖性についても考察する。『源氏物語』の複合動詞の中で、「思ふ」が上につく複合動詞は種類も用例数も非常に多い。そこで、『源氏物語』の中の「見る」が上につく複合動詞を調査する際に取った方法と同様に、まず、『源氏物語』における「思ふ」が上につく複合動詞のすべての種類・用例数・巻ごとの分布が一覧できる表を作成する。その表を用い、『源氏物語』の中で「思ふ」が上につく同類の複合動詞が連鎖的に現れる部や巻を見つけ出し、一つ一つの用例を丁寧に検討する。また、「思ふ」が上につく複合動詞の『源氏物語』以外の作品の用例・用例数も確認する。このように、丹念な調査と精緻な読みによって、『源氏物語』が「思ふ」という動詞が上につく複合動詞をどのように使い分け、この物語独自の表現世界を作り上げていったのかを明らかにする予定である。
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