研究課題/領域番号 |
19K23056
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研究機関 | 大谷大学 |
研究代表者 |
高井 龍 大谷大学, 文学部, 助教 (80711308)
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研究期間 (年度) |
2019-08-30 – 2021-03-31
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キーワード | 敦煌 / 写本 / 祇園因由記 / 降魔変文 |
研究実績の概要 |
本研究は、仏教講釈や僧侶の講義における説話の利用のあり方を、敦煌文献を主たる研究資料として解明するものである。本年度は、敦煌文献中に4点の写本(P.2191、P.2344、P.3784、P.3815)を残す祇園精舎建立説話を取り上げて研究を進めた。まず、4点の写本の筆や紙とともに、書写時における空白の残し方などの側面にも着目することで、当時の僧侶が講釈や講義の場において、いかにそれらの写本を利用していたのかを明らかにした。そして、写本ごとに異なる内容へと書き換えを経た個所があることに着目し、9世紀における該故事の多様なあり方と受容を指摘した。また、該故事と同系故事である敦煌文献中の「降魔変文」が、次の10世紀に広く流行したことを受けて、9世紀と10世紀の間にいかなる相違があるのかについて考察を進めた。その結果、9世紀に流布した祇園精舎建立説話が経典に準じた内容であるのに対し、「降魔変文」が強い虚構性を備えた故事へと発展していること、及びそれが他の10世紀仏教講釈文献や仏教文学文献に通じる特徴であることを踏まえ、経典に近しい内容の故事の受容が徐々に衰退していったと考えられることを指摘した。なお、該故事の経典的性格を強く持つものと虚構性の強いものとの相違は、日本に残された仏教説話からも類似した状況が確認される。特に、虚構性を強く押し出す故事が一部独立した形で展開していたという日本の状況からは、該故事が東アジアの広い地域に受容されながらも、その発展のあり方に一定の類似した側面があったことを推測させるものである。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究課題は、仏教説話の利用の解明と経典講釈文献の利用の解明という二つの柱から成り立っている。そのうち初年度の研究は、前者の課題に取り組んだものであり、具体的には敦煌文献中に見られる祇園精舎建立説話がいかに講釈や講義などの僧侶の利用の中で書き換えられ、また内容の多様化を経た事実を明らかにするとともに、併せて同系説話「降魔変文」が、新たに文学的虚構性を特徴とすることによって次世紀に広汎な流布を見せたことを明らかにした。 研究方法においては、国際敦煌プロジェクト(http://idp.bl.uk/)によって、多くの敦煌文献の精彩な画像が既に一般公開されており、その利用によって、写本上の様々な特徴を見出せるようになっている。本研究は、その画像の利用を基礎に据える一方、文字の脱誤や書き換えや空白のあり方といった、これまでの敦煌文献の実見調査によって得られた研究方法や知見なども加えることにより進められた。 本研究の成果は、仏教講釈や僧侶の講義などの場に利用される説話が、いかに書写され、また受容されていったのかを理解する上で、一つの重要な知見となるものと言える。仏教の講釈や講義と説話との繋がりは、アジア各地域の仏教史において、重要な役割を果たしてきた。本研究は、敦煌や中国という地域のみならず、アジア諸国における仏教の受容の理解に資する側面も持つと考えられる。 以上の点より、現在までの進捗状況は概ね順調に進展していると判断する。
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今後の研究の推進方策 |
今後の研究では、敦煌文献中の仏教講釈文献である「維摩詰所説経講経文(擬)」の写本研究を行うことを課題とする。「維摩詰所説経講経文(擬)」は、敦煌より7点の写本が確認されており、それぞれが10世紀の敦煌において講釈に使われた講経の台本、及び使われる予定であった台本と考えられている。従来の研究では、このような講経文は、俗講と呼ばれる講経儀礼との密接な関わりが指摘され、また併せてその中に見られる通俗的内容の意義が強調されてきた。しかし、卑見によれば、その写本上の諸特徴については今なお詳細な調査研究が行われていない。また、俗講と呼ばれる講経儀礼をあまりに重視し、当時の講経の多様性を十分に考慮に入れていない点に課題が残されている。 本研究の推進にあたっては、各講経文の写本上に見られる加筆、文章の書き換え、紙の貼り合わせの状態などに着目し、それらを具体的に精査することによって、各講経文の利用の実態を浮かび上がらせることを最初の課題とする。それらの理解を踏まえ、正統な経典の注疏を重視する講経文と通俗的内容を多く含む講経文との分類に基づき、それぞれにおいて、仏教説話がいかなる形で盛り込まれ、また講経において利用されたと考えられるのかを明らかにしていく。初年度の研究において取り上げた「祇園因由記」は、「維摩詰所説経」の講経や講義において利用されることの多い説話であった。そのように、説話と密接な関係にあり、また敦煌において最も受容のあった講経文である「維摩詰所説経講経文(擬)」から、仏教の説話の利用と講経の関係を浮かび上がらせる。
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次年度使用額が生じた理由 |
2020年2月下旬、ロンドンでの敦煌文献調査にあたり、当該年度の執行金額を概ね使用するに至った。残額190円は、予算執行時期の関係上、次年度にまわすこととなったものである。それは、研究書を中心とする物品費において使用する予定である。
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