本研究は、英語の知覚表現、および関連する構文現象でみられる、言語表面上には現れないものの解釈される存在に焦点を当てて、その役割を明確化させること、そしてその存在を解釈させる動機を人間の認知的メカニズムと関連付けて解明することを目的とした。 このような明示されない存在が主体的に解釈される現象は、身体的な経験を反映した人間の認知能力や運用能力を重視する認知言語学的アプローチが得意としている領域である。しかしながら、本研究で着目する構文現象に関する従来の認知言語学的研究は、提案された理論と言語事実に乖離が見られることがあった。 そこで、本研究では当該表現が描く多様な用法を正確に捉えることを最優先課題に置くことにした。結果、英語および日本語の知覚表現に関与する明示されない主体の解釈が多面的であることが分かった。具体的に味覚表現で例示してみると、日本語の知覚表現「~味ガスル」タイプと「~味ヲシテイル」タイプにおいて、前者は知覚者(話者)そのものが関与している一方で、後者は知覚者とは限らず、当該表現が描く属性を正確に理解するための基準点として機能していることが分かった。さらに、英語の味覚表現“it tastes …”タイプは後者として機能する傾向にあることも明らかになった。 知覚表現における明示されない主体の解釈が多様であると示した本研究は、日英語それぞれ個別言語の記述的貢献を与えている。さらに、認知言語学では、話者の役割を積極的に取り込む「主体性」を強く推し進めているが、本研究は、この「主体性」が必ずしも一律の解釈を生み出しているわけではないことを示唆しており、言語理論への貢献ももたらすと考えられる。
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