今年度の目に見える成果は、ツヴァイクの訳書『聖伝』(宇和川雄関西学院大学准教授との共訳・共著、幻戯書房、2020年9月)を刊行したことである。申請者はこのアンソロジーの中で、主人公が孤独に死ぬ行く顛末をたどる『永遠の兄の目』の訳を担当し、訳者解題を執筆した。そこでは、『永遠の兄の目』における倫理性というテーマが持つアクチュアリティについて――具体的には、中流階級の人々のアンガジュマンの問題について――ツヴァイク自身の生涯と結び付けながら、一般読者に伝わる文章で書いた。 また、日本独文学会京都支部研究発表会で、『永遠の兄の目』における孤独表象について発表した。モダニズムの時代、ニーチェの思想の影響下で「孤独」はしばしば審美的に表象される。一方で申請者は、ツヴァイクの場合には孤独が政治的な要素と結びついて描かれることに着目した。さらに「主人公が孤独に死にゆく」結末が、ツヴァイクの「アンガジュマンを拒絶する」態度と結びついていると結論づけた。しかし質疑応答において、作中の孤独表象が二義的な意味合いを帯びていることを指摘され、より精密なテクスト分析が必要であると判断した。孤独表象の曖昧さの追究がむしろツヴァイクの「曖昧な政治的態度」をより正確に照らし出すものとして、現在これを論文にする準備を進めている。同一論文に収まらないと思われるが、ツヴァイクの政治的な態度は、亡命中だった1939年発表の長編小説『心の焦燥』など、一見政治的に解釈されない作品にも強く打ち出されてると考えている。この作品には『同情殺人』というタイトルも考案されていた。つまりツヴァイクの政治的態度を考えるとき、「孤独」に加えて「同情」が一つの鍵になると見込んでいる。 なお計画当初にはシュニッツラーにも関心を持っていたが、今後はツヴァイク研究に主に力を注ぐつもりである。
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