平安時代における贈答歌の実態、特に贈歌・返歌の掛け合いの仕方にどのような法則性があるかについて、『古今集』『後撰集』を対象として調査した。その結果、『古今集』には、贈歌の表現自体が持つ連想・多義性を利用して意味や用法などを転換することで反発の契機を導き出すという、高度な形式の贈答歌が多いこと、『後撰集』には、『古今集』と同じ傾向の贈答歌に加えて、贈歌の表現の大部分を贈歌と同じ意味でそのまま繰り返して用いるという、初期万葉以来の原初的な形式の贈答歌が多いことなどを示した。 次に、『源氏物語』の贈答歌が、物語中の人物関係を効果的に描写する方法としてどのように利用されているかについて、紫の上など特定の人物に焦点を当てる方法、後朝歌など特定の詠歌状況に焦点を当てる方法で調査した。『源氏物語』においては、人物や状況に応じて各和歌表現や返歌の詠み方が意識的に描き分けられており、贈答歌にはそれまでの物語に描かれてきた男女の関係を集約的に語り直す方法があることなどを明らかにした。また贈答歌の機微を通して男女の関係を描き出す方法の先蹤が、『伊勢物語』69段において見られることも明らかにした。
|