研究課題/領域番号 |
19K23079
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研究機関 | 大阪市立大学 |
研究代表者 |
片山 幹生 大阪市立大学, 大学院文学研究科, 研究員 (50318739)
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研究期間 (年度) |
2019-08-30 – 2021-03-31
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キーワード | 中世演劇 / アラス / 典礼劇 / 13世紀 |
研究実績の概要 |
13世紀のアラスおよびアラス周辺で制作された6編の演劇作品のうち、ジャン・ボデルの『聖ニコラ劇』とアダン・ド・ラ・アルの『葉陰の劇』の翻訳と読解を進めた。2019年12月と2020年2月にフランスに出張し、パリ国立図書館でこの二作品を所収するfr.25566写本の原本およびファクシミレを参照し、読解作業の過程で不明確だった箇所を、既存の校訂と照らし合わせてチェックした。さらに写本のレイアウトや見出しなどパラ・テクストの状態を確認した。パラ・テクストについては、演劇作品だけでなく、同じ25566写本に記録されている語り物や叙情詩との比較も行い、演劇ジャンルの特有のパラ・テクストのありかたを探った。 今年度は、中世フランスにおける13世紀アラスの演劇作品を、典礼劇の劇的文体と対照させることで、アラスの演劇の演劇史的な位置づけの確認を行い、その劇的文体の独自性についての考察を深めた。13世紀アラスの演劇作品はすべてフランス語で書かれた世俗劇であり、その台詞は典礼劇のように全編が歌われるわけではない。しかし現存するアラスの世俗劇のなかでもっとも早く書かれたジャン・ボデルの『聖ニコラ劇』は形式的にも主題的にも典礼劇とのつながりを感じさせる要素がいくつかある。アラスでは司教座聖堂と聖ヴァース大修道院という二つの重要な聖職者組織が都市機能の中核となっており、演劇などの世俗的文化活動の中心となっていた信心兄弟会もこの二つの宗教的権威と密接な関係を持っていた。アラスの世俗劇の考察にあたって、教会・修道院で上演されてきた典礼劇の影響は軽視できない。2019年3月刊行の『Etudes Francaises』誌に発表した論文「典礼から演劇へ:初期典礼劇の劇的構造」では、初期の典礼劇《聖墓訪問》の初期のバージョンの分析を通して、テクストと音楽との関係に着目し、典礼劇特有の劇作術を検討した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
ジャン・ボデル作『聖ニコラ劇』、作者不詳『盲人と少年』、アダン・ド・ラ・アル『葉陰の劇』、『ロバンとマリオンの劇』、作者不詳『巡礼者の劇』については全編の翻訳をほぼ終え、現在その見直し作業を行っている。ジャン・ボデル作『聖ニコラ劇』、アダン・ド・ラ・アル『葉陰の劇』、『ロバンとマリオンの劇』、作者不詳『巡礼者の劇』を所収するパリのフランス国立図書館、BnF, fr. 25566写本については、昨年度は12月と3月の2度、国立図書館とパリにある古文書研究機関である文献歴史研究所を訪問し、写本現物およびマイクロ資料、写本の記録を参照し、主要な校訂との照合を行った。この照合作業は今年度も継続的に行う予定だ。 2019年度はラテン語の初期典礼劇の文体分析と劇作法の考察から、特にジャン・ボデルの『聖ニコラ劇』における劇的文体の創造の過程についていくつかの重要な示唆を得た。典礼劇との比較対照により、中世フランスにおける俗語による演劇テクストの書記法の変遷と演劇的文体の特徴をより明確に把握することができた。またこれまで演劇史の書籍にある抜粋や解説を通してしか接していなかった典礼劇のテクストを精読したことで、これまで十分に認識していなかった典礼劇の演劇性の豊かさを確認することができたという収穫があった。 研究対象となるテクストの読解については一年目にかなり進めることはできた。13世紀アラス演劇がどのように上演されていたのかについては、古仏語のテクストを用いたリーディング・パフォーマンスの実践を、ニースのAzurlinguaの研究員とワークショップのかたちで実験的に行った。実際に声に出して演じることで、作品の上演状況をより明確にイメージできるようになっただけでなく、テクスト解釈の面でもこれまでの読解では見過ごしていた点に気づくことができた。
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今後の研究の推進方策 |
本来なら7月から9月のあいだに渡仏し、アヴィニョン演劇祭での古代・中世劇に課関わる上演を取材するほか、パリの国立図書館と文献歴史研究所を訪問し、昨年調査したBnF fr. 25566 写本以外に収録されている13世紀演劇作品の写本の記述の調査を行う予定だった。しかし新型コロナウイルス感染拡大によって少なくとも今年度前期の海外調査は中止せざるを得なくなった。今年度前期は作品テクストの精読と翻訳の確認を精力的に進めていく。 また昨年度はこれらの演劇的テクスト生産の背景にある13世紀のアラスの都市制度と文化活動全般についての調査を進めることができなかったので、今後はロジェ・ベルジェなどによる先行研究を参照した上で、中世の都市史と演劇史の関わりの考察を進め、秋の仏文学会でこのテーマに関連する発表したいと考えている。これと平行して12世紀後半のヒラリウスのラテン語による『聖ニコラ劇』の読解を行い、ジャン・ボデルの『聖ニコラ劇』にヒラリウスの『聖ニコラ劇』がもたらした影響について考察したい。聖ヒラリウスの『聖ニコラ劇』の翻訳と注釈は、論文のかたちで今年度中に執筆する予定である。 今年度後半に海外渡航が可能になった場合は、2月、3月にパリの国立図書館と文献歴史研究所に赴き、7-8月に実施する予定だった文献調査を行うほか、アラスに言って、アラス市立図書館に所蔵されている13世紀の「ジョングルールとブルジョワの信心兄弟会」の史料を確認したい。もちろん現代のアラスの町に中世の痕跡を探し、13世紀当時の作品の上演状況などについても考えたい。また3月中旬の四旬節の時期にブルターニュのルデアックで町の住民たちによって上演される受難劇を取材し、中世演劇の現代での上演可能性について考察する材料を得たいと考えている。
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