2020年8月19日に岸井大輔企画の講演会で、「中世演劇は存在するのか?─《遊び(jeu / play)》としての中世フランス演劇」と題する研究発表を行った。この発表では「遊び」《jeu》という語彙をキ-ワードに、中世演劇は本質的に共同体のメンバーのための、共同体のメンバーによるローカルな演劇活動であったことを論証した。《jeu》は中世フランス語で、複数の人物によって演じられる演劇ジャンルを示す。ジャンル名称としての《jeu》は、演劇の遊戯的側面のみならず、集団的側面を強調するものになっている。ジャンル名称としての《jeu》の初期の用例のほとんどは、13世紀アラス出身の詩人たちの演劇作品に関わるものであり、当時の演劇上演と都市共同体の祝祭との結びつきを示している。この発表では遊戯性と共同体性を切り口に、近代以降の演劇とは異なる中世演劇のありかたを示すことで、「演劇とはなにか」という根源的な問いに迫った。 同年10月31日には日仏演劇協会が主催するレクチャーで『西欧演劇のあけぼの─中世典礼劇のドラマトゥルギーと音楽』というタイトルの発表を行った。この発表では初期典礼劇の原型となる対話体トロプスのテクストとそのテクストにつけられた音楽の分析を通して、典礼における言葉と音楽、身振りを土台とする典礼劇が、修道院や教会の聖職者によって、聖職者のために上演されていたある種の共同体演劇であることを論証した。 2021年3月に刊行された『ETUDES FRANCAISES』には、論文「タイトルに見る『葉陰の劇』の重層性」を寄稿した。この論文ではアダン・ド・ラ・アル作『葉陰の劇』を記録する写本にある二つのタイトルが持ちうる意味を調査し、この二つのタイトルはその多義性によって作中に散りばめられた多様なモチーフをあまねく伝えるものになっていることを論証した。
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