本研究は、日本列島の周縁領域に対する支配拡大を目指す律令政府が、8世紀代に取り組んでいた非軍事的政策の一端を解明するため、南九州特有の姓を持つ都で活動していた中・下級官人を検証するものである。本年度は、以下の2つの検証をおこなった。 1)古代南九州から出仕した中央下級官人の検証 昨年度に引き続き、古代南九州から出仕した中央下級官人の検証をおこなった。これは、2019年度「研究実績の概要」の2と同様のものである。具体的には、8世紀前半における南九州から出仕した中央下級官人の実態を、とくに周防国正税帳に登場する大隅直坂麻呂と薩麻君国益の事例、および令の規定から検証した。そして、その分析結果から明らかになった事実から、周縁領域の住民を統治下におさめるため政府が実施していた非軍事的な政策のうち、南九州から出仕した中央下級官人が担った歴史的役割を考察した。この研究成果は、論文「古代南九州から出仕した中央下級官人」として公表されることが決まっている。 2)隼人の畿内移配と中央官人化についての検証 古代南九州から畿内へ移り住んだ人々の後裔は、畿内隼人として隼人司に上番し、隼人独自の奉仕をおこなっていた。その一方で、大隅忌寸公足や大隅忌寸三行のように、中央官人として活動する者も存在した。しかし後者については、従来注目されることがなく不明な点が多い。そこで公足と三行の官人としての活動内容、出身方法、位階の変遷などを分析して中央官人としての特徴を明らかにし、畿内隼人の後裔が、どのような過程を経て中央官人として任用されていったのかを考察した。この研究成果は、すでに論文としてまとめ学術雑誌に投稿しており、現在、審査中である。
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