研究課題/領域番号 |
19K23174
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研究機関 | 東北学院大学 |
研究代表者 |
斉藤 尚 東北学院大学, 経済学部, 准教授 (20612831)
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研究期間 (年度) |
2019-08-30 – 2021-03-31
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キーワード | ケネス・アロー / 正義論 |
研究実績の概要 |
本年度は、主にケネス・アローにおける市場の限界と正義の問題に関する分析とテキストマイニングの手法の取得及び応用に焦点を当てて研究を行った。その結果、以下の知見を得ることができた。 第一に、アローの思想的変遷に関してテキストマイニングを通じた量的分析によって裏付けることができた。より具体的には、社会選択の帰結の倫理的意義に関する彼の思想的立場が、彼の研究の初期・中期・後期にかけて、肯定的立場から否定的立場へと移行する過程を示すことができた。 第二に、市場の限界に関する彼の見解をテキスト解釈を通じた質的分析によって明らかにすることができた。より具体的には、アローは基本的には市場システムを擁護しつつも、人種差別問題、献血をはじめとしたヘルスケア問題など様々な具体的な事例において市場が有効に機能しないと考えることが示された。 第三に、アローの研究の全体系が、経済計算論争から続く資本主義と社会主義のいずれが優れた経済体制かという論争に対する回答のひとつとして位置づけられるという知見を得ることができた。この解釈から、アローは市場の限界を指摘しつつも資本主義を擁護する背景には、社会主義に対する資本主義の優位性の擁護という目的があり、そのために彼は福祉国家型民主主義の枠組みよって市場を補強するシステムを構築することを試みたと考えられる。また正義の観点からも、アローがそのような福祉国家型民主主義と資本主義の複合体制が正義にかなうと論証することを試みたことが明らかになった。 これらの研究成果によって、筆者は執筆予定の著作の骨組みを作ることができた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
本年度における本研究の進捗状況としては、やや遅れているとした。その理由は社会的状況に関する事情と個人的事情とがある。社会的状況に関する事情としては、新型コロナウイルスの影響により、参加予定であった研究会などが中止になり、アウトプットの場が失われたことによる。個人的事情としては、2020年度より所属する大学が変わったため、2-3月頃に引っ越しなどその対応に追われたことによる。
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今後の研究の推進方策 |
今後の推進方策としては、2020年度は主に日本語で論文を書き、それを査読学会誌に投稿する。報告する研究会や学会は例年よりも限られているが、オンラインで行う研究会などで報告する予定である。さらにそれらの論文を英訳し、単著としてまとめる作業を進める。 より具体的には、本年度は以下の三つの論文を中心に執筆する予定である。第一に、市場の限界に関するアローの思想的立場をまとめた論文を執筆する。本論文において、アローが一方で市場の普遍性に懐疑を示しながらも、他方で資本主義を擁護することを明らかにする。第二に、ジョン・ロールズとの論争を通じたアローの社会契約に対する立場をまとめた論文を執筆する。本論文で、アローが正義の基準を導き出すツールとして社会契約論の意義を認めることを示す。またその背景にアローの方法論的立場の変遷があることを明らかにする。第三に、それらの思想的立場を踏まえたうえで、アローの正義論を明らかにし、アローと同じく社会選択理論家で正義の問題について論じるアマルティア・センの正義論との比較をする論文を執筆する。 これらの論文を執筆したうえで、彼のそれぞれの思想的立場をまとめ、それを経済計算論争から派生した論点に対する回答の一つとして位置づける。
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次年度使用額が生じた理由 |
次年度使用額が生じた理由としては、前述の研究の進捗状況において述べた諸理由により完成予定だった英語原稿が年度内に仕上がらず、英文校正費を利用しなかったためである。 2020年度においては、2019年度分と2020年度分を合わせて主に英文校正費として用いる予定である。他方で、2020年度に旅費として申請した助成金に関しては、本年度の社会的状況により使用が困難であるため、英文校正費など多目的のための使用に変更する可能性がある。
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