本研究課題「EUにおける自由移動と福祉国家―欧州諸国の事例から」について、最終年度である2021年度には、当初設定をしていた「果たしてEUにおける国境を越えた人の自由移動と、ヨーロッパ各国による福祉国家の維持というふたつの原則は矛盾なく実現が可能なのか」という問いに答えるべくこれまでの研究成果をまとめ、日本EU学会における学会報告を行うとともに、これに関する論稿を日本EU学会年報へと投稿し、査読を経て近く論文「EUにおける人の自由移動と福祉国家」が出版される予定である(2022年5月現在、最終校正脱稿)。 その内容は、当初予定したように人の自由移動と福祉関係の緊張関係を分析するものであり、①EUのレベルにおける人の移動と福祉の関係の法的転換とともに、各国のレベルではドイツとイギリスの二か国を事例として②その両者の間の政策実施上の調整の行われ方、および③政党政治における政治化と非政治化のダイナミズムという3つの次元から分析し、その相互的な調整の過程に考察を加えている。 コロナウイルスの影響により、残念ながら当初予定したような現地調査は行えなかったため、主として二次的な文献資料を用いた調査・分析にとどまったものの、本研究は、EUにおける法と政治の相互作用、人の自由移動の「後退」に関する研究、ヨーロッパ規模の人の移動と各国福祉国家の調整の過程というそれぞれの側面について、事例研究として、その理論的な含意とともに一定の有益な意義を含むものと考える。 また、本研究の基礎的な作業として、移民と福祉国家の間の関係につき調査を行う中で、2000年代ヨーロッパにおいて生じた福祉移民の政治化が実態とは乖離した形で生じたことが明らかとなったことは、両者の関係を考えるうえで「政治化」のメカニズムが重要な意味を持つことを示唆している。この点について、今後さらに研究を続け、解明を行っていく予定である。
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