研究実績の概要 |
本研究の目的は,組織における逸脱行動と技術革新との関係を明らかにすることである.この目的に従って,申請者は先行研究レビューや実務家へのインタビュー調査を通じて,組織における発明者の逸脱度を捉える指標構築を行うとともに,特許の質によって代替される発明成果との関係を分析し,逸脱行動が技術革新を促す境界条件を探索した. 予備調査からは,発明者の逸脱度を捉えるにあたっては,(1)組織における発明人の孤立度と,(2)組織的に設計された事前の自由度という2つの要因が重要であることが発見された.前者は逸脱行動が多くの場合に秘密裏で実行されることを反映しており,後者は「ある行動が逸脱行動と見なされるか否か」を判定するために必要となる.このうち前者は,発明者自身による自己特許引用に基づいて測定できることを見出した.後者は公開情報だけで測定することが困難なため,創造的逸脱尺度(例えば,Lin et al., 2015)などの主観尺度によって測定する必要性が判明した. 逸脱度と発明成果との関係の分析に際しては,民営化による管理の強化が逸脱行動をもたらしやすくなるという想定のもと,日本電信電話公社および日本電信電話株式会社の特許データを用いた.分析の結果,中程度の逸脱の場合に発明の質が高くなり,低程度と高程度の逸脱の場合,発明の質が低くなるという逆U字型の関係を見出した.ただし,この分析は精緻な因果推論にまで踏み込めておらず,あくまで相関関係を示したに留まる. 逸脱行動が技術革新を促す境界条件については,企業やユニットの規模といった構造的要因の影響を理論的に解明し,現在は実証的な分析を実行している最中である.企業やユニットの規模が大きいほど逸脱者が秘密裏に利用可能な資源が多いという意味で,資源流用に適した状況として,発明者の組織内での地位や実績といった要因の影響が境界条件として考えられる.
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