新型コロナウイルス感染拡大の影響により当初期した研究計画を全て消化することはできなかったが、本年度は関連する問題について引き続き可能な限りの実証研究を試みた。本来であれば、①台湾総督府と台湾農民の畜産業をめぐる生産・流通システムの変化・②戦時期台湾総督府の対南方畜産加工品貿易・③戦時期台湾と内地・満洲の畜産物生産構造の再編、という3つの小テーマを設定していた。しかし、既述の通り研究活動が大幅に制限される中で、これまで②「戦時期台湾総督府の対南方畜産加工品貿易」に関連する主要問題をまとめてきた。 本年度は、前年発表した拙稿「戦時期中国占領地における台湾拓殖株式会社の事業参入と台湾総督府―海南島占領後の畜産業を中心に」(『社会システム研究』第40号、2020年3月、49~84頁)に続く課題として、畜産・牧畜事業の進展を阻む牛疫問題を考察した。これについては、「戦時期海南島における台湾拓殖株式会社の事業経営と牛疫問題」として、『日本獣医史学雑誌』58号にて成果を発表済である(2021年2月発行、53~72頁)。 1941年中旬から1942年初旬にかけて海南島南部で拡大した牛疫よって、台湾拓殖株式会社の牧畜事業は甚大な損害を受け、事業が一時停止してしまう。牛疫拡大は、当初策定された動物資源開発の計画にて、防疫措置が看過されていたことも一要因であった。現地社員からすると、牛疫拡大は当初の計画策定に関わった軍部や総督府人員による「人災」でもあったが、会社上層部は現地社員の不満を汲みつつも、自社事業を後援する組織を真正面から批判することはできなかった。 海南島の牛疫問題は、占領地で積極的な事業展開を望む軍部と事業を受命する国策会社との関係で生じた、政策立案関係者の利権優先主義や保身主義が表れる典型例であった。
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