本研究では、子どもを対象とする遺伝学的検査・ゲノム解析をめぐる議論の動向を把握し、(1)診断・治療など子の利益に直結しない検査・解析の是非、(2)二次的所見の取り扱い、(3)子の意思確認やインフォームド・アセント(理解度に応じた説明と了解)を得るうえでの課題、といった基礎的な論点が浮かび上がった。 欧州や米国の学会ガイドライン・雑誌等の文献を分析し、子どもの早期の検査・解析実施を正当化する/否定する主張において、子どもと家族にとっての多様な「利益」と「害」の倫理が示されていることが明らかとなった。子と親それぞれにとっての臨床的有用性(clinical utility)の有無の観点から4つの場合分けを行い、各場合に援用されうる論拠を、該当する疾患の事例とともに整理した。その結果、「子の最善の利益」という論点は、検査実施・解析結果説明への賛否いずれの主張にも援用されるがその内実は異なること、「家族にとっての利益」や「個人的有用性」(personal utility)を論拠とした主張は、各々の当事者が置かれた環境に依存した正当化が用いられることが分かった。 また、日本の学会ガイドライン・雑誌等の文献で、未成年者を対象とする検査・解析のルールを検討し、子ども本人の「最善の利益」の優先や、インフォームド・アセントを得ることが望ましい等、従来の原則が保持されていることを確認した。海外と比較すると、明示的な議論は争点は見えにくい状況にあると考えられる。 もっとも、網羅的にゲノムを解析する研究が進展する状況の中で、出生前/新生児期のゲノムスクリーニング、大規模なバンクやレジストリの構築等、個人の意思決定にとどまらない公衆衛生の文脈に位置付けて変化をとらえるなど課題が残されている。今後は新型コロナウイルス感染症の影響により実施ができなかった海外調査も含め、課題を発展させることを計画している。
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