本研究は、生活保護制度の基礎となった救護法の特別法である母子保護法について、その適用水準(生活保護でいうところの捕捉率、つまり生活保護を利用する資格がある人のうち、実際に利用している人の割合)を定量的に明らかにするとともに、運用方針が、実際の母子保護法の適用水準にいかなる影響を及ぼしたのかを定性的に明らかにするものである。 令和4年度は、母子保護法施行前の母子保護法該当者数と、1938年に実際に保護を受けられた貧困母子数とを定量的に比較することによって、母子保護法の適用水準を明らかにすべく研究を進めた。厚生省厚生大臣官房文書課(1940)『厚生行政要覧』、また、厚生省社会局(1940)『児童保護の重要性に就て』に掲載されている「昭和13年度自4月至9月分母子保護状況調」と「昭和13年度自10月至3月分母子保護状況調」を用いて、実際に保護された母子数を明らかにした。そのうえで、該当者数と比較することによって、現在でいうところの捕捉率に類似する数値を明らかにした。さらに、母子保護法が内包する、保護の対象となる母親に対する政府からの期待の二重性が、保護の適用水準へ与える影響を考察した。 母子保護法の該当者数と、実際に保護を受けられた保護人員を比較したとき、保護の適用水準は全国で見ると、1938年度の4月から9月で約39%、10月から翌年3月で約49%であった。さらに、初年度の実際の扶助金額は、試算額のおよそ2分の1程度であった。母子保護法が内包する保護の対象となる母親に対する期待の二重性は、実際の運用に当たって、労働能力を持つ母親である女性の就業促進に重きを置いたと考えられ、母子保護法の適用水準は試算に満たない低いものであった。母子保護法の該当者とみなされていても保護を受けることができなかった貧困母子は、母親が自ら稼得労働を行って生計を立てながら子育てを行っていたと考えられる。
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